第7話「頼る事と、頼らない事」

~翠歴1424年7月2日~



 昨晩話した通り、ソフィアの受けたクエストの目的地へとやってきた一行。依頼内容は『小竜の角の採取』。


「群れで住処を転々とする種でね、紫色の角が凄く綺麗なの。偶然この町の外れに巣を作ったから、代わりに獲ってきて欲しいって依頼だったんだけれど……」


 こじんまりとした町から野原へと外れ、やって来たのは恐らく生き物が巣としてしたのであろう岩や枝などで出来たいくつかの集まり。


「昨日まではここにいたのよ。でも私が来た時、その連中が先に群れと遭遇していてね。連中の内のひとりが威嚇してきた小竜を倒してしまったの。当然、群れはすぐさまどこかへ飛んで行ってしまったわ――」


 からになった巣に目を落としながら、ソフィアは淡々と語る。


「やっぱりもう戻って来ないわね。そうそう見つかる種じゃないし、依頼は諦めるわ。それより! 連中についての聞き込みでしょ? ほら、行くわよ」


 なるべく悔しげな言葉選びをしているものの、最初から依頼は諦めていて自分たちの為に町まで同行してくれたのだろう――そう察したレインとオルビアナは、こっそり顔を見合わせながら心の中でソフィアに感謝していた。



***



 小さな市場や寂れた役所を周り、素性不明の一団の目撃情報を集める。住民からは特にそれといった話は得られなかったが、町にやってきたばかりだという行商人が有益な情報をくれた。


「町の離れに教会があった。見たところ、もう使われていない場所だ。そこに怪しい連中が出入りしている所を見たよ。あんたらの言っていた話とおなじ、黒いローブを着た6人くらいの団体だ。今もいるかは分からないがな」


「それだ! 助かったぜおっちゃん!」


「行ってみましょう」


「おう!」


「あんたら、気ぃつけて行きなよ〜!」


「お〜! ありがとな〜!」


 優しき行商人に手を振り、3人は依頼の目的地とは真逆の方向へ町を外れて行く。


「なあオルビアナ、ソフィア。連中の探してる “ しんがん ” って何だろうな」


「――もしかして、 “ 天眼てんがん ” の事……?」


「てんがん?」


「本当に魔法に疎いのね……いいわ、教えてあげる。世界にはごく稀に特別な力を持った眼を産まれ持つ人たちがいるの。その眼を “ 天眼 ” と呼ぶわ。視た術式を打ち消したり、視界に入る魔力を全部自分のものにしてしまったり……まさに天術よろしく、天に与えられた眼ね。そのうちの一つに “ 神眼しんがん ” って呼ばれるものがあるの」


「ふーむ、ソフィアは物知りだな〜……ちなみに “ 神眼 ” にはどんな力があるんだ?」


「 “ 神眼 ” はね、唯一『魔力を視る事が出来る』眼なの」


「ん? か?」


「魔力の可視化って言うのはね、いかなる魔法をもってしても不可能なの。魔力を感知する “ 秘覚 ” ですら、どれだけ鍛えても “ 視える ” ようにはならないと言われているわ。この世の全ては魔力から成り立つ――魔力が視えれば全てが解る……術式の構造も、相手の動きも、空気の流れも、だって……魔力の可視化っていうのは、大した事なのよ」


「そうなんだな。俺は魔法の事をよく解ってないからピンと来ないけど、ちゃんとした術使からしたら凄い事なんだろうな」


「あと、神の眼の名の通り、天術使に匹敵する “ 天性 ” を持ち合わせると言われているわ」


「 “ 天性 ” ……どっかで聞いた事あるな」


「これが高いほど魔力の格が上がるのよ。ものすごく簡単に言ってしまえば、同じ魔力量の同じ術式同士がぶつかり合った時に競り勝つのは天性が高い方になるの。まあ、悪魔の魔力 “ 魔性 ” とか、人の上に立つ素質 “ 王質おうしつ ” とか、色々含めれば厳密には話が変わってくるんだけど……」


 魔法に関するあれこれを一度に詰め込まれたレインは、初めて聞く言葉の数々の整理で蒸発しかけていた。


「ま、まあ、天術一本のレインは今は深く考えなくてもいいと思うわ! それより、なんでそんな眼の持ち主を探しているのかって事よ」


「やっぱり貴重なんだな」


「貴重なんてもんじゃないわよ。天眼は数あれど、神眼は同時期に一対いっついしか存在しないと言われているの」


「てことは、たった一人だけ?! 会ってみてぇなあ……どんな奴なんだろうな、オルビアナ!」


「そうだね……きっとみたいな人なんだよ」


 長らく歩きながら話しているうちに、3人の視界には例の教会が現れる。たった一人 “ 秘覚 ” を開花させているレインは、二人より先んじて静かに佇む廃墟に対し胸を騒がせていた。


「! ……いるな、何人か――」


「「!!」」


 そして相手もまた、曇った窓越しに敵の来訪を確認していた。


「おい、誰か来るぞ! ありゃ王国騎士団じゃねえか?!」


「ちょうどいい、奴らに聞こう――」


 万全の状態で敵が待ち構えている事も知らず、レインは正面扉を大きく開け放つ。


「たのもー!!!」


 仄暗い廃墟に響くのは、レインの声ひとつ。


「誰もいねえ……お〜い!!!」


 その時、天井から3人の男女がそれぞれナイフをレインらに突き立てる体勢で落ちてくる。殺気を察したレインがいち早くその存在に気づき、二人に呼びかける。


「上だ!!」


「 “ 晶壁ピース・ピース ” !!」


 結晶を固めた脆い天井を展開し、降ってきた三人は地面に到達する前に阻まれる。


「ちっ……!!」


「すぐ崩れるわ、離れて!」


 三人の体重ですぐさま術式は崩れ、敵は難無く着地する。


「避けられはしたが……まあいい、逃がさないぞ王国騎士団」


「てめえら、何者だ!!」


「答える義理は無い、質問する権利があるのは俺たちだけだ!!!」


 それぞれに襲いかかる得体の知れない三人組。


「この人たち、素人じゃない!!」


 騎士として武道の心得を持つオルビアナとギルダーとして戦闘経験を培ってきたソフィアはどうにか対抗するも、本気の対人戦は初となるレインはかわすので精一杯であった。


 オルビアナは振りかざされたナイフに合わせジャケットの下に忍ばせていた小刀を当てると、そのまま敵の得物を弾いてみせた。


「くっ!!! こんの……!!」


 その衝撃が腕まで伝わったのか、相手が痛めた手を押さえているうちに大きく距離を取り、オルビアナは背中に携えていた弓矢を取り出して構える。敵は横に大きく走り彼の狙いから外れようとするも、狙撃手としては団長すら凌ぐ彼の眼から逃れる事は出来ない――。


「そこ――!」


 やじりは普通の尖ったものとは異なり、握り込める程度の丸石となっている。見事頭に命中し、敵は強い打撃音と共に殴られたように気絶した。


「ふー……二人は?!」


 ソフィアはというとオルビアナとは反対に、自身の結晶の門術を使い攻めに回るも対峙している女性には見切られてしまう。


「門術使うなら、あの弓術使の子みたいに精度上げなきゃ意味無いでしょ!!」


 撃ち出される結晶の砲弾をくぐり抜けると、床に手を付き倒立前転の要領でソフィアの顎めがけて足を突き出す。


「!!! あっ……ぶない!!!」


 喉元を風が掠めるも、どうにか躱し切ってみせる。


「ふ〜……あなた、騎士じゃないでしょ。何でこの子たちと一緒にいるわけ?」


「それは……だからよ!」


「へぇ〜……それは素敵ねえ!!!」


 緩やかな起立から突如放たれた蹴りは、防御として咄嗟に構えた杖ごとソフィアを吹き飛ばす。


「きゃあっ!!!」


「ソフィア!!!」


 敵は悠々と歩き、倒れたソフィアを見下ろしながら近付いてくる。


「残念だけど、あなたをおうちに帰してあげる訳にはいかないの。好奇心でお友達に着いてきてしまった自分を恨みなさい――」


「……あなた……下ばっか見ていたら、不幸になるわよ」


「あ?」


「たまには、上……見なきゃ……」


「上ぇ? ――?!」


 その時、頭上に何かを感じ取り敵は咄嗟に天井を見る。先程から躱され続けたソフィアの結晶は、軌道を変えて天井でひとかたまりになっていたのだ。エメラルドに輝く歪な塊は、敵めがけて一直線に落ちてくる。


「しまった!!――」


 無数の結晶が砕け散る音と共に、女性はその下敷きになる。


「あ……あが……!」


「器用ね。魔力で防御してるわ……それでも、しばらく痛むわよ……!」


「ソフィア!」


「オルビアナ、私は平気……それより、レインよ……!」


「!! レイン――」


 指に金具を付けた男の攻撃をまともに受け、レインは満身創痍であった。


「くそ……強ぇ……!!」


 仇と会うために独学で体術を覚えたとはいえ、動く相手の攻撃を避け、そして受け止める訓練などそうそう一人では出来ないもの。素人にしては体の使い方が上手い程度で、戦い慣れているであろう相手からすれば少し動ける程度の “ まと ” に過ぎないのだ。そうこう言っているうちにもう一発が的確にレインの顎を打ち抜く。


「うごぉッ――!!!」


 何とか持ちこたえ片手で口元の血を拭うが、正直倒れてしまいたいような気持ちであった。


「くそ……使か……?」


 その眼差しを見て、「はっ」とオルビアナだけが悟っていた。レインはハットベルを出そうとしている。あのまま攻撃を受け続け、倒れれば、今まで通りハットベルを呼び起こす事も出来るだろう。


「レイン……!」


 敵も異様な雰囲気に、何かを悟っていた。


(空気が変わった……何かする気か?)


 先手必勝とばかりに殴りかかる男。それを躱す事も防ぐ事もせず頬に食らったレイン。


「そうだ、それでいい……俺を負かしてみろ、そしたら俺が勝つからな……!」


「何言っているんだ、この――」


 目を瞑り、抵抗もせずに最後の一発を待ち構えるレイン。


(悔しいが、修行が足りなかった……今は頼ろう。ハットベルがコイツを倒してくれる事と、その後で二人が俺を止めてくれる事に――)


「終わりだあ!!!」


 拳が寸前まで来たところで、レインは団長ドロスの言葉を思い出す。


――『つまりハットベル頼りの今からの脱却だ。君自身で強くなれ』


(俺自身で――!)


 瞬時に眼前に構えた右手が敵の拳を受け止める。


「なにぃ?!」


「! レイン……!」


「悪い、オルビアナ。頼り方、間違えるところだった……! そうだよなぁ、お前たちにしか出来ない事があったように、俺にしか出来ねぇ事がある……!!」


 レインは拳を払い除けると、一歩、二歩と距離を取る。そして自身を見守るオルビアナとソフィアを見て、微笑みかけた。


「ありがとな、戦ってくれて……! 俺もハットベルなんかには頼らねえ。俺は…………!! こいつを倒す!!」


 オルビアナとソフィアはその言葉の意味を察し、再び希望を抱くのであった。


「何を訳の分からないことを……」


「なあ、ひとつ教えてくれよ。その指に着けてるの、どんくらい硬ぇんだ?」


「? どういう意味だ……?」


「例えばよ、ここの壁に穴開けられるか?」


 廃墟というだけあって、教会の壁には至る所に傷がある。とはいえ、頑丈で分厚い石造りだ。


「そこまですれば、流石に壊れるかもな……」


「そうか……よォし――」


 レインの “ 破壊 ” にはイメージが不可欠。昨日のガルルガの爪よろしく、『壊れているところさえ見られれば、それを壊すイメージが掴める』のだ。それを応用して、『既に壊れている物より更に脆いもの』も壊せるのでは無いかと解釈を広げていた。


「賭けだけどな……いくぞ!!」


 今度は避け続けてばかりだったレインから仕掛ける。右手にありったけの力を込め、相手の攻撃を誘う。


「無駄だ!」


 敵は思惑通り拳を突き合わせてきてくれた。レインはイメージする。金具それが壊れる瞬間を、光景を――。


「――な、ひびが?!」


「それは、!!!」


 レインが拳を振り切ると、相手の武具に亀裂が走り勢いよく砕け散る。加えて腕の筋肉と骨全体が砕かれたかのように、一切の力が入らなくなる。


「な……!」


「次はお前自身をぜ」


 その言葉と行動に、敵は正体を推測する。


「――貴様まさか、 “ 破壊の天術使 ” ……?!」


「ん? ああ、そうだ!」


「そうか、なら――」


 男はもう一人の騎士の装いを待とう青年――オルビアナへと視線を移す。


「そうか、お前が……!」


 そう言うと男は腰から発煙弾を取り出し、教会一体を煙に巻く。


「この借りは返すぞ、ロズ王国騎士団……!!」


「ま、待て!! けほ、けほ……!」


 男はもうひとつ現れた影の肩に掴まり、あっという間に煙の奥へと消えていく。そしてオルビアナとソフィアの倒した敵も、煙の中でそれぞれ何者かに回収されていく。


「そうだ、敵は6人……! もう3人隠れていたんだ……!」


「けほ、けほ! レインの天術を警戒して退いたのね……!」


「くそ……!!」


 レイン達も教会の外、煙の届かない場所まで脱出するが、敵の影はとうに見当たらない。


「あいつ……オルビアナを見ていたな。知り合い……ではないよな」


「うん……でも、僕を……いや、僕の “ 眼 ” を狙っている事は解った」


「!! じゃあ、 “ 神眼 ” って……?!」


「隠しててごめん……実は僕の、 “ 神眼 ” なんだ」


 衝撃の事実に、レインとソフィアに戦慄が走る。敵は一体何者なのか、そしてなぜオルビアナの神眼を狙うのか――それは翌日、暴かれる事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る