第1章「ロズ王国」第2節「神眼の眼術使」
第6話「不審」
~翠歴1424年7月1日~
(ああ、またこの天井だ……戦いの後はいつも倒れて、誰かが連れ帰ってきてくれている……情けねえなあ……)
レインが目を覚ましたのはベガインが討伐された翌朝であった。後にドロスに話を聞けば、 “ 列車襲撃事件 ” の黒幕はレインらが対峙したあの大悪魔で間違いないだろうとの事、自分たちが倒れた後にベガインを倒したのは隣国 “ ブルガリス帝国 ” の騎士団長にして四天王の一角でもあるパーシヴァル・エグゼビアであった事、そして自分達を無事連れ戻してくれたのは彼であった事。
「そうか。結局役に立てなかったな、俺は……」
「そうでも無い。レイン君、君が魔力を解放したおかげでパーシヴァルは異変を察知して森へ向かえたと言っていた」
「だけど、戦えなかった!」
「――レイン君。戦場では、自分一人で全て解決しなければならないなんて事は無いんだ。私にしたってそうだ。自分にしか出来ない役目があるように、他者にしか担えない役割もある。君一人で責任を負うな。皆で迷惑をかけ合え、そして互いに拭い合え。そうする事で、初めて個々は集団として完成する」
「ドロス……」
「解ったね?」
「……ああ」
「さて! 過ぎた話は置いておいて、今後の君の話をしよう。晴れて君に掛けられた容疑は濡れ衣だったと証明された訳だが……それとは別に問題がある」
「何だ?」
「恐らく、今君にあらゆる権限を許可してしまうと、初めからかなり無茶すると考えてね。君は仮にハットベルの力を借りた場合、敵を殲滅した後どうなるかを考えた事はあるかい?」
「――!!」
「そう、君では敵わなくともハットベルでは容易に倒せてしまう敵だった場合……主導権を得たハットベルは時間一杯暴走するだろう。そうなれば大勢の命が奪われかねない」
「確かにそうだ……」
「そこで、君の正式な “
レインは唾を飲む。正式に “
「――君は “ A級 ” に認められるんだ」
「 “ A級 ” って、ギルドの?」
「そうだ。 “ A級 ” に認められる頃にはそう易々とやられるほど弱いままでは無いだろう、つまりハットベル頼りの今からの脱却だ。君自身で強くなれ」
その熱い眼差しは、敗北の数々を思い出すレインによく焼き付いた。
「……ああ!」
「そして何より、君自身の目標を達成する為にその等級は必ず必要になる」
「そういえば『 “ A級 ” 以降は運営本部である “ 魔法協会 ” の承認が必要』みたいな話も聞いたな……そこまで行ってようやく、協会との直接的な繋がりができるってことか」
「それもある。そして “ A級 ” は他国からの指名も受ける等級だ。いずれ “ 代表 ” に最も近い存在―― “ 四天王 ” に会う事もあるだろう」
「 “ 四天王 ” ……!!」
昨日レインたちを救ったパーシヴァル・エグゼビアも四天王の一角であった。彼の属するブルガリス帝国とロズ王国は友好な関係にあり、特にロズ王国騎士団副団長マルカトロスとブルガリス帝国騎士団団長パーシヴァルは古くからの顔馴染みという話もある。かなりの信頼を置いているということで彼にだけは天術使としてのレインの存在を明らかにしているようだが、レインの目標やアリア代表へかけている疑いについては何も話していないそうだ。最悪、敵に回られる事も加味して――。
「パーシヴァルって奴の力は借りられない、か」
「すまないが、今のところはそういう事になる。なのでしばらくは訓練の傍らでギルダー業をこなしてもらうぞ。修行にもなるし、人や国と関わる事は “
「解った、やってみよう」
ドロスは満足気だった。例え負け続きだとしても、素直に前を向くレインへの期待は高まるばかりなのであった。
「となると、君はギルドに向かうだろう?」
「そうだな」
「もうひとつ仕事を頼ませてくれないか」
「多いな!」
「そもそもなぜ隣国の騎士であるパーシヴァルが、わざわざ単身でロズまでやって来たのか気にならないのか?」
「そういえばそうだな。何しに来たんだ?」
「ある情報を伝えに来てくれたんだ。傍受される可能性も加味して、わざわざ直接な。パーシヴァルが言うには二日前、不審な一団がブルガリス帝国から国境を越えロズ王国へ侵入したのだと言う。身元も行方も掴めていないが、大体の狙いは把握出来た」
「狙いって?」
「……いや、確定はできない。それまでは私とマルカトロスとの間だけで留めておきたい。ただ――」
「ただ?」
「王都から出る時は、オルビアナから目を離さないでくれ」
「? おう」
ドロスは色々と知っているのだろう、しかし何かを危惧してあえて最低限の情報のみを伝えた。レインはそれを察しながらも、ドロスを信じて深追いせずにギルドへ向かう。そしてレインが去った後、ドロスはぽつりと呟いた。
「オルビアナ……遂に “ それ ” と向き合わなければならない時が来たぞ――」
***
再びベルクサンドリア・ギルドへやって来たレイン。
「ようこそ……あ! レイン様!」
「えーっと……チノ、だったよな」
「はい! 青いリボンのチノです!」
「シノは?」
「あ……それが、少し体調を崩してしまったみたいで……」
昨日会った時は普段通りに振舞っていたようだが、レインは “ 秘覚 ” で不調を見抜いていた――否、別に自信があった訳では無かったのだ。ただ、本当に体調が悪かったのだと聞くと己の直感を信じざるを得ない。
「チノもなんだか無理しているように見えるぞ」
「……そうかもしれませんね。昔から、お姉ちゃんが近くにいないと何だか元気出なくて……お姉ちゃんが苦しいと、私も苦しい……」
「……そうか。お大事にって伝えておいてくれ」
「ありがとうございます、伝えておきます!」
「ところでオルビアナが先に来てるって――」
チノと話しているとカウンター近くの卓に着いていたオルビアナの方が先にレインを発見した。
「あ、レイン!!」
「オルビアナ! それに――」
卓にはもう一人、昨日知り合ったばかりの魔法使ソフィアがいた。
「良かった、あなたも無事だったのね」
「おう! ……って、何か機嫌悪いか?」
テーブルへ目を落とせばソフィアの前には山盛りの料理とジョッキの数々が。
「酒?! 俺より年上だったのか」
「聞いたわよ。私、あなた達の2個上だから」
「そっか、そうだったんだな〜。で、何かあったのか?」
「……」
「実はレインとソフィアは、昨日のクエストで “ B級 ” に昇格してるんだよ」
「けど昨日は……」
「ガルルガと悪魔は別! 私たちの目的はあくまで『飼い馬の捜索』よ。ブルガリスの団長さんが依頼主にあのマースを返しておいてくれたらしいの。私たちの手柄ってことにしてね。だからクエスト自体は成功って事になったの」
「な〜んだ、良い事じゃねえか!」
「ははは……そうなんだけどね。ソフィア、早速ひとりで “ B級クエスト ” に行ってきたんだって」
「どうだったんだ?」
「それが……邪魔が入ったのよ!!!」
そう言ってソフィアは右手のジョッキを思いっきり飲み干した。
「初の単独 “ B級クエスト ” が妨害されるなんて、やってられないわよ!!」
「他のギルダーと被ったってことか?」
「いや……あれはギルダーには見えなかったわね。少なくとも私は見た事ない人たちだったわ」
その時、レインの脳裏に先刻のドロスの話がよぎる。
「『不審な一団』……まさか――なあ、そいつら、どんな奴だった?」
「え? えっと確か、黒いローブを被った5、6人のグループだったわ」
「あ、その人たちなら――」
どうやらチノも知っているようだ。
「昨日の朝、ソフィア達が来る前に6人くらいの黒い格好をした人達が来ました。 “ しんがん ” ……? ってものを持っている人を知らないかって……私も初めて見た人たちです、もちろんギルダー登録もされてなくて……ソフィアが見たのと同じ人たちかな……?」
「 “ 神眼 ” ?!」
チノの言葉に最初に、且つ最も動揺していたのはオルビアナであった。表には出さまいとしていたようだが、瞳が揺れたのをレインは見逃さなかった。レインは今朝ドロスから聞いた僅かな情報をこの4人の中での秘密として共有してしまおうと思った。
「――」
「 “ 不審な一団 ” ……間違いないんじゃないかしら?」
「きっとあの人達ですよ!」
「うん、きっと……」
「オルビアナ、団長から聞いてなかったのか?」
「うん……今初めて聞いたよ」
そういえば団長は『王都から出る時は、オルビアナから目を離さないでくれ』と言っていた。この一件、少なからずオルビアナが関わっている……色々思いを巡らせてみるも、結局具体的な策は何も出ないまま。その日の夜、レインとオルビアナはソフィアに招かれ彼女の部屋で夕食をとる事に。
「さ、上がって」
「お邪魔しま〜す」
「お邪魔します!」
こじんまりとした部屋には年相応の可愛らしい装飾が多くある……というわけでもなく、レインもオルビアナものびのび出来る空間であった。
「悪いな、作ってもらっちゃって」
「いいのよ、昨日のお礼の気持ちだから。それに、買い出しと荷物持ちは手伝ってもらっちゃったしね」
三人は他愛もない話をしてゆっくりと時間を過ごした。そうこうしている内に鍋で煮込んでいた料理が完成し、小さな卓を囲むと例の一件について改めて話し合った。
「ねえ。私、明日また今日行った場所に行ってみようと思うの」
「え、でもクエストは……」
「実はまだ失敗したわけではないの、期限は明日まで残っているからさ。それでさ、またあの集団がいるかもしれないでしょ? 私は護って欲しいしあなた達はあの集団を捕まえたい……これってウィンウィンじゃない?!」
「……まあ、それもそうだな。よし、行くか! オルビアナ!」
「うん……!」
やはりオルビアナの表情はどこか不安そうであった。
「うん、美味いな」
「うん……美味しい!」
「ありがとう、二人共。おかわりもあるからね」
やらなければならない事も考えなければならない事も山積みではあるが、この時間だけは穏やかに過ぎて欲しいとレインは心から思うのであった。
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