第5話「悪魔の数だけ神もいる」
レインとオルビアナに声をかけてきた “ C級
「 “ トラトスの森 ” ?」
「王都の外にある大きな森だね」
「珍しい動物もいないし、希少な鉱石や植物がある訳でもない。だから誰も立ち寄らず、依頼にも一切上がってこない場所よ。昨日貼り出されたばかりのクエストでね、珍しいなと思ったんだけど “ B級クエスト ” で……C級の私では受けられないのよ」
正直言って、今の騎士団は首謀者の居場所について手がかりを一切掴めていない。手当り次第回っているというのが現状だ。
「どう? B級の仕事を受けたい私と、少しでも異変のある場所に行きたいあなた達。C級だからって足は引っ張らないわよ」
「そうだな……よし、行ってみるか!」
「わかった。よろしく、ソフィアさん」
「ソフィアでいいわよ。さ、日が暮れる前に終わらせるわよ」
依頼を見繕った3人はギルドで借りた竜車で王都を抜け、 “ トラトスの森 ” へ。荷車に揺られながら、レインは出自を濁しつつお互いの日常や魔法を明かし合っていた。
「て、天術使?! それに “ ロズハーツ ” って、あの……?」
「みんな同じ反応するな」
「天術使は世界で18人しかいないからね、驚くに決まっているよ」
「そういうもんか。なあ俺も聞いていいか? ソフィアが使う “
「え、知らないの?!」
「レインは魔法に疎いからね…… “
「その代わり魔力消費は激しいし、術式の構築難易度も高いのよ」
「なんで魔術じゃなくて門術を?」
「私、生まれつき魔術が上手く使えないの。自分の中で魔力を回そうとすると、なんかこう絡まってぐちゃぐちゃになっちゃうっていうか……でも外で魔力を集める門術なら使えたから、仕方なくって感じね」
「そっか、色々あるんだな」
そうこう話しているうちに目当ての “ トラトスの森 ” へ到着。
「さて、行くか! 俺の初クエスト……『飼い馬捜し』!!!」
――『突然乗っていた馬が暴れ出し、荷台ごと森へ走り去って行ってしまった』……依頼主はそう綴る。街ひとつ軽く覆えるほどの面積を誇るこの森は、野生の
「ひとつ気がかりな事があるんだよね……」
「? なんだオルビアナ」
「消えた魔馬の品種は “ マース ” らしい。気性は大人しいけど、無類の魔力好きと言われているんだ」
「魔力の高い “ 何か ” に引き寄せられたってことか?」
「元々魔力の高い生物に率先して襲いかかるような凶暴な魔獣を、友好的になるよう品種改良したのがマースと言われているんだ。穏やかな性格にはできたけれど、高い魔力に魅せられる本能まではそのままだとすると……」
「つっても、そこらの魔獣に寄って行っちまうって訳でも無いんだろ?」
「そのはずだよ。でも、もしとびきり高い魔力を持つ何かがあったとすれば話は別だ」
「もしかして、ただの飼い馬捜しでは済まないかもしれないってこと……?!」
「よし、なら気ィ引き締めなきゃな……!」
怯えるソフィアを横目に、レインは両の拳を合わせ森の奥を見据える。
「そうだね。注意して進もう」
竜車を森の側に停め、いよいよ中へと進んで行く。入口付近は木々の隙間から陽が漏れ、道を明るく照らしていた。
「ねえ、私達も闇雲に歩くより魔力の高い場所へ向かうのが効率的なんじゃない?」
「 “ 秘覚 ” があればそうしたいけれど、僕は目覚めてないから……」
「レインは? 天術使なんだから、魔力の感知くらい出来ないの?」
「ん〜、ぼんやりなら……」
「「え?」」
「何か……何かがこっちに走ってくるな」
「「ええええ?!?!」」
何者かの接近を知り、慌てふためくオルビアナとソフィア。二人は立ち止まって考え込むレインの周りを走り回り、大いに狼狽えていた。
「れれれれレイン、逃げよう?!?!」
「ちょっと、何が来るって言うの?! 魔力量は?! 種族は?! 属性は?! “ 友性 ” ?! “ 敵性 ” ?! “ 善性 ” ?! それとも “ 悪性 ” ?!?!」
「うわあああ何だなんだ知らない単語ばっか――?!?!」
刹那、東の方角から何者かが駆けて来る音が聞こえた。まくし立てるような足音は到底人のものではない速度で向かってくる。そしてそれはすぐそこまで――。
「「いやあぁあああああ!!!」」
「ちょ、お前ら離せ!!!」
「ブォォォォ!!!」
そして遂に背の高い草むらからけたたましい
「「「うわぁぁぁ?!?!」」」
「ブォォォォン!!」
現れた白馬は前足を上げ威嚇してきたかと思えば、レインへと歩み寄り頭を彼に擦り付けていた。
「……ははっ、ははは! 何だ、かわいいなお前!」
「あれ、この子ってもしかして――」
「間違いないわ、この子よ! 依頼達成ね……!」
三人は
「――!!!」
草の根をかき分けてやって来た来訪者、人二人分はある背丈を誇る二足歩行の魔狼――。
「こいつは…… “ B級
「グァルルルグァアア!!!」
最初に戦闘態勢に入ったのはソフィアだった――。
「 “
杖を立てた場所を起点として地面に大きな魔法陣が出現。ぼんやりと発する光の中から瞬時にエメラルド色の壁が出現し、ガルルガの振り下ろした鉤爪を防いでみせた。
「オルビアナ、あなたB級でしょ?! こいつやっつけられないの?!」
「いや、少し様子が変だ……恐らく、魔力で強化されている……!!」
「まずい、崩れるぞ?!」
ソフィアの出現させた壁はよく見るといくつかの破片を無理やり固め合わせたような意匠をしており、見た目通り脆いのか瞬時に崩れ去ったかと思えば敵のニ撃目が既に振りかざされていた。
「グルルァアア!!」
しかしこちらも二撃目――オルビアナが背中に携えていた大弓を魔獣へ構えていた。
「――!」
「グルルァァア?!?!」
「よし!」
「オルビアナ!」
確かに眉間を突き刺した矢。しかし刺さりが甘かったのか、ガルルガが軽く頭を振ると容易にそれは地面へ落ちてしまった。しかしそれも想定の範囲内のように、しゃがみ込んで魔獣の視界から外れたソフィアは背後に描いたいくつかの魔法陣から無数の結晶を放つ。
「 “
無慈悲に撃ち込まれる欠片の数々。しかしそれも表皮を掠める程度に終わり、魔獣の肉体に突き刺さることは無い。せいぜい防御として構えられた爪の先を折った程度か。
「通らない?!」
「魔力を練って防御しているんだ……!」
「グルルル……グルアアア!!!」
今度は腕だけでなく、体ごとこちらへ突っ込んで来る魔獣。合わせて体勢をとるオルビアナとソフィアであったが、そこに割って入ったのはレインであった。
「――なんだ、壊せるじゃねえか!」
「「レイン?!」」
先の折れた鉤爪で突き刺すように伸ばされた右腕とレインの拳がぶつかり合う。
「うおらあぁああ!!!」
「ガルァアアア!!!」
体内に巡る魔力、司る概念、小難しい事はまだ理解出来ていない。しかしレインの体は、その感覚を知っていた。 “ 壊す ” ――強い力で押す事では無い、握り込む事でも引き抜く事でも無い、触れれば “ 壊せる ” 。この肉体にはそれが出来る、自覚は無くても記憶にはある、何より――さっきのソフィアの一撃が、きっかけを与えた。
「ぶっ壊れちまいな――おらぁああ!!!」
「ガルア!! ガルルァ……?!」
拳と拳の隙間から凄まじい衝撃波が漏れたかと思えば、じわりじわりと敵の力が緩まっていくのが手から伝わってくる。
「――これだ!」
「ガルルル、ガルルルァアア!!!」
改めて右腕に
「ガル、ガルルルアア?!?!」
「うおらあぁあ!!!」
レインが拳を振り切ると、ガルルガの右腕とそこから伸びる鉤爪に亀裂が入り、砕け散った。
「団長にやっていたやつだ……!」
「これがレインの…… “ 破壊 ” の天術……?!」
ガルルガは力の入らなくなった右腕を不思議そうに眺めた後、眉間に皺を寄せ今まで以上の怒気を目の前の敵に放った。
「ガルル……ガルルルア!!!!」
雄叫びと共に淡く紫色に発光したかと思えば、その肉体に無数の棘が生えてきた。
「何ィ?!」
「これは……魔法だ! ガルルガの術式、 “
ガルルガは棘だらけの体を丸め込み、押しつぶすようにレインへ飛びかかる。
「レイン、避けて!!!」
「いや、感覚は掴んだぜ……刺さる前にぶっ壊す!!!」
「グルルァアア!!!」
レインは理解していた。 “ 壊せる ” と。ソフィアの一撃で爪の先が折れた時から、 “ ガルルガ ” が生やす “ 棘 ” は “ 壊せる ” ものなのだと――。
「ぶっ壊れろォオ!!!」
回転しながら迫る棘の数々。それらはレインの突き上げた拳に触れる毎に崩れ去っていった。装甲を失ったガルルガ、遂にその生身まで攻撃が到達し、レインは目一杯の力を込めて殴り飛ばした。
「グルルァァアアア?!?!」
気絶したまま彼方へと飛んで行くガルルガ。レイン達は何とか勝利を収めたのであった。
「「レイン〜!!!」」
「倒せたな……俺たちで!!」
「「……!」」
安堵にレインに抱きつくオルビアナとソフィア。
「はっはっは!! ……てあれ? 馬どこ行った?」
「……そういえば、いなくなってるわね」
「先に森を出て行っちまったのか?」
「……もし、レインより魔力の高い “ 何か ” を見つけたのだとしたら――」
「――うんうん、そうなんだよネェ」
「「「?!?!」」」
突如顕れた人型の――人ならざる者、人の “ 上 ” に在る者。
「…… “ 悪魔 ” !!!――」
「そう、君達はボクを “ ベガイン ” と名付けタ」
***
死力を注いで粘り尽くした頃、既に陽は沈み始めていた。青と赤の混ざる空の
「まったく、喰えた物じゃないヨ。キミ達の魔力……」
その悪魔の形相は、限り無く細身のヒトに近かった。しかして地面に届くほど長い爪や真っ黒な手足、鋭く伸びた尻尾など、明らかに人ならざる意匠を持ち合わせていた。
「特に……キミは何者なんだイ? 天使も悪魔も宿しているじゃあないカ……ありえなイ」
長い尻尾を巻き付けられ、無理やり空に掲げられたレイン。意識は既に無く、奥の手の覚醒も歯が立たず。
「今は魔力もお腹いっぱいだしなぁ、今すぐ殺すカァ? ……いや、ここで死なれると神話にならなイ――そうダ! 王都にでも放り出すそウ! そうすればより多くのニンゲンに語り継がれ、ボクは更に強くなれル……ククク!!!」
悪魔はより多くの者の記憶に残り、より強く存在を信じられる事で強さを増す。今は強者を恐れ森に身を潜めているが、いずれ陽のもとを練り歩き心の向くままに蹂躙する日を夢見てベガインは心を踊らせるのであった。
「キミ達はよく頑張ったヨ。結晶の欠片を飛ばす出来損ないのオンナのコ、
達成感からか不敵な笑みを高らかに掲げるベガイン。
「ハッハッハッハッハッ!!!! ハーッハッハッハッ八八!!!! ハーッ――!」
その時、ベガインは何かを感じ取る。一転、浸っていた愉悦から抜け出し、臨戦態勢を取る。大悪魔ながら、冷や汗すら浮かべた。思わず
(コイツらじゃない、何か向かって来ル―― “ 聖職者 ” ガ……!!!)
聖なる魔力の持ち主は白馬――先刻、偉大なる魔力に誘われ去って行ったはずのそれに乗り、茂みの奥より悠々と現れた。
「神が二人いるかと思えば……敵は悪魔だったか」
ロズのそれとは違う、高貴な騎士の装いを纏った男。紫の長髪をなびかせる彼は、ただそこに居るだけで大悪魔を圧倒していた。
「……ボクの方こそ、神と見違えたヨ」
対等に振舞おうとするも、悪魔の腰は今にも抜けてしまいそうだった。最強の悪魔を下してなお疲弊は無い、むしろ満ち足りていたはずなのに――ただ一人、目の前の人間を恐れ、震える声を平静に装うのに懸命であった。
「悪魔にそう言って頂けるとは光栄だ。〈爪の悪魔〉ベガイン」
「?!」
「違ったかな? “ B級悪魔 ” ベガイン。君が再生してたなら全て辻褄が合うよ。例の “ 列車襲撃事件 ” ――」
悪魔には後ずさる事さえ叶わない。馬から降り、言葉を並べながら歩み寄ってくる男を視界に収め続けるのがやっとであった。
「君は爪を刺せば魔力の吸収と付与が出来るのだろう? 動物たちを魔力中毒にして使役し、列車に積み込まれた膨大な魔力を回収させ、帰ってきた獣達から間接的に魔力を奪う事で力を蓄えていた――」
「……クッ! “
ベガインは爪を男に向け、先端からありったけの魔力を放った。
「ハハ……ハハハッ、バーカ!!! 神のフリしたって所詮ニンゲンじゃボクにハ……エ……?」
両手合わせて10本の爪から放たれた魔力の一斉射撃は、男に当たる前に突如辺り一帯を包んだ光の中に収束していった。
「 “
遂にベガインは起立を保つ事も適わなくなり、ただ敵に寂れた覇気を放つ事しか出来なくなってしまった。
「オ……オマエはなんなんだヨ!!!」
「悪魔は祓ってもまた生まれる存在……なら名乗る意味はあると言えるね――」
男はありったけの聖なる魔力を辺り一帯に放出する。
「ヒッ、ヒィ!!!!」
「――ブルガリス帝国 “ 騎士団長 ” 、そして魔法協会 “ 四天王 ” 序列4位〈剣王〉パーシヴァル・エグゼビア。生まれ直しても忘れないでくれ――」
ベガインは死の寸前、大悪魔ながら目の前の聖者に敬意すら抱いていた。
(限り無く神に近いニンゲン……ああ、パーシヴァル、覚えておくヨ……もうキミに会わないようにネ――)
パーシヴァルは天高く掲げた剣に、黄昏の空から七色の光を集めた。
「 “
振りかざした剣は悪魔を斜めに分断し、光は瞬く間に切り口からその身を空へと解かしていく。有り余る聖光は目の前の木々を貫き続け、広大な森の先まで見通せるほど遮蔽物の数々を消し去ってしまった。
「さてと、一件落着かな」
パーシヴァルは “ 秘覚 ” でレインたち全員の息がある事を確信していたが、優しさ故か今一度見て回った。順番に呼吸を確かめ、そしてレインへと目をかける。
「この子か……レイン――ロズハーツ」
“ 破壊の天術使 ” に〈暴食の悪魔〉、そして〈爪の悪魔〉……それら入り乱れるこの場を制した神の如き聖者パーシヴァルは、 “ 希望 ” と “ 絶望 ” を共生させる青年に一体何を思うのか――。
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