第3話「騎士感」
~翠歴1424年6月29日~
列車襲撃にオズワルド家の出現、天術使の顕現、大悪魔の再臨……怒涛の日から一夜明け、騎士たちは目覚ましの音に目を覚ます。
「ん……朝か……」
王城と隣接する王国騎士団寮、その東棟1階E101号室。レイン・ロズハーツとオルビアナ・キルパレスの相部屋である。
「オルビアナ〜、起きろ〜」
「ん……、うわぁ?!」
体を起こすなり驚いて壁に背をぶつけるオルビアナ。
「あ……あはは、おはようレイン……ごめん、今まで一人部屋だったからつい……」
「悪いな、一緒の部屋に居させてもらっちまって」
「ううん、基本的にはいつ何が起きても連携が取れるようにって理由でみんな相部屋だからね。団長、副団長、隊長だけは一人部屋なんだ」
「そうだったのか、尚更悪いことしたな」
「いや、大丈夫だよ。 “ 相棒 ” ……だからね!」
そう言ってオルビアナは少し嬉しそうに微笑んでいた。レインもまた、自身の境遇を知って尚 “ 相棒 ” と言ってくれるオルビアナに感謝していた。
「――そうか、ありがとう」
その時、部屋の扉がノックされる。
「レイン君、オルビアナ、入るぞ」
入ってきたのは右手に青い衣類を抱えた団長ドロス・リーデルであった。
「おはよう二人とも。レイン君はここでの最初の夜だったがよく眠れたかな?」
「ああ。昨日のことが全部嘘みたいにスッキリしてるぜ」
「そうか……」
(昨日の襲撃の現場――確かに彼の血がそこらに飛び散っていたのに対して傷一つ見当たらなかった事と言い、やはりハットベルの覚醒は劇的な回復をもたらすようだ……しかし、本来こういった類の覚醒は逆に身体に負荷をかけるもの。彼がこうして元気なのは、まだ負荷が残らない程ハットベルの覚醒が浅いという証拠でもあるな。これからどうなる事か――)
「? ドロス?」
「――ああ、すまない。レイン君、君にこれを渡そう」
そう言って手渡されたのは、いくつかの衣類と鍵のシルエットをあしらったペンダント――。
「これは?」
「 “
「 “ 初代 ” ……」
その時、レインの脳裏に当然の疑問が浮かぶ。
「なあ、俺って何代目なんだ?」
思い返してみればそもそもロズハーツなんて単語は聞いた覚えがない。昨日の会話を思い出す限り大それた立場なのだろう、ならば知っていてもおかしくないはずなのだが。
「君は2代目だ」
「え?」
「習わしだとかしきたりだとか言いはしたが、実は初代が亡くなってからの数百年間、この国に天術使は現れなかったんだ。だから君が二人目になる」
意外にも程がある……とは言え、天術使は世界でたったの18人。たまたまこの国に何百年も現れなくても不思議では無いのだろう。隊長であるオルビアナにとっても、あまり聞き馴染みがない言葉のようだ。
「 “ ロズハーツ伝説 ” っていう童話があるんだ。それこそ何百年も前のものだから、ロズ王国民でも知らない人の方が多いかもね。知っていても、みんな空想の英雄だと思っている。まさか実在するなんて……」
「そうなのか……」
幾百年分の期待を一身に背負っているという自覚を胸に、レインは改めて決意を秘めるのであった。
「朝食の前に皆に君の事を紹介したい。なにせ昨日は既に夜だったからな。着替えたら食堂まで来てくれ、では後ほど」
ドロスは部屋を後にした。レインは受け取った衣服を広げ、順番に身につけていく。白いシャツに白いパンツ、皮のブーツ、青いローブ、指の空いた黒のグローブ、そして最後に鍵のシルエットをあしらったペンダント――持ち手にハート型の意匠を施したそれを、レインは窓から差し込む朝日に煌めかせ赤子のような眼差しで見つめていた。
「――」
「綺麗なペンダントだね」
「ああ……」
全て身につけ姿見の前に立つ。鏡に映る自分自身に、別の誰かを見ているかのような不思議な感覚を覚えていた。
「 “ 初代 ” の衣装、か……」
しばらく立ち尽くすレインの背後から、着替え終えたオルビアナが声をかける。
「レイン、どうかした?」
「……うん、『騎士って感じ』だな!」
「ははっ、なにそれ! さ、行こうよ」
「おう、こういうのは最初が肝心だからな……ここは一発、かましてやるぜ!」
「頼むから何も壊さないでよ……?」
「ははは!」
二人が部屋を出た後で、開けっ放しの窓から吹き込む風が優しくカーテンを揺らしていた。
***
レインとオルビアナが食堂に着く頃には、既に大勢の男たちが一堂に会していた。好奇、懐疑、期待、憂慮……卓に着く騎士らは各々様々な視線を新人へと向ける。オルビアナによれば王直審判に居合わせた者以外には『天術使である事』しか説明されていないらしく、民衆にはまだその存在すら公表されていないらしい。ざわめく騎士らの間を通り、前に立つ団長の隣へ。
「緊張しているかい?」
「ああ、少しな……」
先に席に着いたオルビアナは、不安そうに前を見つめる。ドロスはレインの
「安心したまえ、ここは私から話そう」
静まり返った大食堂に、団長ドロスの声が響く。この国におよそ700年振りに現れた天術使である事、それ故に “
「 “ 破壊の ” ――あの忌々しい力を……?!」
「 “
「今まで天術使である事をどうして隠してきたんだ?」
「出自は?」
「実戦経験は? 最高騎士って事は、俺達の上って事だろ? ちゃんと戦えるのか……?」
当然のようにどよめく一同。慌てるオルビアナに疑問を投げかける者もいた。混沌と化す朝の食堂――。
「
再び上がったドロスの声に、皆が前へと向き直る。
「突然の事だ、不安になる気持ちも解る――だが! 彼は誓った、この国を護ると、この世界の為に戦うと!!!」
驚いていたのはレインも同じだった。『大悪魔を宿した協会代表を倒す』……その信念を再解釈し、皆の角張った心を丸めるように言い表した。
「私はレインを信じている。皆が私を信じてくれるなら!! ……私が信じる彼の事も、信じてみてはくれないだろうか……!!!」
頭を下げるドロス。
「ドロス! 団長が頭を下げるなど、不格好極まりない……!」
思わず立ち上がってそう嘆いたのは、静粛を貫いていたマルカトロス副団長だった。
「ふっ……皆に頼む立場にあってまで張る意地なんて、ただの傲慢さ」
「守るべき体裁は、傲慢では無く誇りと言うんだ」
「ははっ! 手厳しいねえ……」
ドロスを諭すように話しながらレインの隣へ立ったマルカトロスは、鎮まり返った一行に改めて語りかける。
「悪いが、俺はドロスとは違う。こいつを信用していないし、はっきり言って団に入れるのも反対だ」
思わぬ裏切りにレインは不意を突かれる。
「な、てめえ!!――」
「だが!!!」
「「「!!!」」」
「――俺はドロスを……俺達の団長を信じている。貴様らもそれは同じだろう? 朝から部下たちの前で頭を下げたんだ、これ以上俺達が疑えば、もっと恥をかかせる事になる――……王国騎士団の名に泥を塗る」
「「「……!!」」」
率先して騒ぎ立てていた者達は思わず俯く。
「フリでもいい、こいつを信じてやってくれ」
そう言ってレインを指さすマルカトロスの振る舞いは、思わずドロスの胸すら打っていた。
「マルカトロス……立派になったな」
「ふん、俺なしでまとめられないようなら引き際も近いな……おい、 “ ロズハーツ ” ――」
「!」
「……次は手を貸さないぞ」
「……! ああ、ありがとうな」
そっけなく背を向け席へと戻るマルカトロス。彼が若くして築き上げた副団長としての威厳の偉大さに、レインは心の中で敬意を示すのであった。
***
朝礼と基礎訓練を終え各々護衛や巡回などの任務へと向かう中、ただ4人訓練所に居残る者たちがいた。
「さて。レイン、オルビアナ。君たちの仕事だが……」
「 “ 列車襲撃事件 ” の犯人を捕まえる事、ですよね」
「その通りだオルビアナ。だがその前にやっておかねばならない事がある」
「「?」」
「レイン、君がどれだけ
「ドロス、何故俺まで……」
「私が止められなかった時、マルカトロス。お前だけが頼りだ」
「そんな時、無いだろう……」
「さて、ここだと訓練所どころか城まで崩されかねないな。場所を変えよう」
***
王都を少し離れて4人がやって来たのは、広大な
「さて。一応聞いておきたいのだが、レイン君は魔法をどの程度使えるのかな?」
「ちっとも。オズワルド家では見てるだけだったし、テリィさんもリリィさんも教えてくれって言っても全然教えてくれなかったしな。独学でやろうとしても、上手くいかないしよ」
「そのはずだ。君の “
「属性?! くそ、そうだったのか……」
悔しがるレインに、マルカトロスは呆れたように問いかける。
「代表を倒すなんて息巻いてた割には、魔法の基礎知識すら知らないとはな。覚悟が足りないんじゃないのか?」
「それは……最もだ。俺に出来ることといえば、せいぜい独学の体術くらいだ」
「先が思いやられるな」
「マルカトロス、そう言うな……という事は、もちろん天術も未経験という事で間違いないかな?」
「さっぱりだ。 “ 破壊の ” って、それらしい魔法なんて一度も……」
「だろうな。天術というのは概念を司るもの。魔法陣を持たず、思うがままに術式を放つと言われている。つまり、感覚で扱うものなんだろうな」
「壊そうと思えば壊せるってことか?」
「出来るかい?」
「いや」
「はっはっは! 良い、そのつもりで来たからな」
そう言い放つとドロスはゆっくりとレインへと歩み寄り――鞘を付けたまま、刀の先端で彼の腹を思い切り突いた。
「――ぐはっ……!!」
「悪いが、ちょっと無茶してもらうぞ」
「だ、団長?!?!」
想定していたかのように落ち着いているマルカトロス。それに対して、不意の攻撃に戸惑いながら唾を吐いて倒れこむレイン。声を出す間もなく、そのまま気絶してしまった。
「彼の
「で、ですが団長! 抑え込めるのでしょうか……?!」
「はっはっは! どうかな?」
「ええ……」
平穏も束の間。気を失ったレインの体は主導権を史上最強の悪魔へと移し、悠々と起き上がる。
「……」
「魅せてもらおう」
団長が抜刀するやいなや、襲い来るハットベル。大口を開けてなりふり構わずかかってくる様は獣の形相。素手で武器を折ろうとしているのか、刃を握り込むかのようにドロスに掴みかかる。目にも止まらぬ攻防に、後ずさるドロス。
「団長が押されてる……!」
「その眼は飾りか? よく見ろ」
ドロスが後手を取っているかのように見える戦闘だが、マルカトロスには解っていた。
「アレは
よく見れば団長の顔には笑みすら浮かんでおり、最強の悪魔を前にしても汗ひとつかいていなかった。
「なるほど。マグプスじゃ傷一つ付けられないはずだ……まだまだ浅い “ 覚醒 ” にも関わらずこの手数――だが!」
ドロスは後退する足を止め、その場で一撃振り上げるとレインの体に天を仰がせた。
「目的は “ 破壊 ” を使ってもらう事なんだ、ただ暴れてもらうだけじゃ困るね」
「ふ〜、ふ〜……!!!」
「まだ “ 破壊 ” を使うまでも無いと思われているのかな? なら、もう少し本気で
「ふ〜……!! うぁあああ!!!」
掌を開いて掴みかかって来た先程とは一転、拳を握り込み殴りかかるハットベル。刃を構え防御に回るドロスだったが、彼の魔力を感じ取る第六感―― “ 秘覚 ” が、彼に強く警告していた。
(―― “ 天術 ” !!)
受け止めようとする体勢を咄嗟に崩し、上体を逸らして拳を回避する。
「「「!!!」」」
その拳は本来ドロスと接触するはずだった打点で激しい打音を立てると、そこを起点に何も無い空中に亀裂が入っていき、
「これが “ 破壊の ” ……面白い!」
禁忌に数えられる神の御業を前にしてもドロスの表情が曇る事は無い。あまりにも簡単に躱される事が癪に触ったのか、自我を失った肉体とてその速度を増していく。
「うあああ!!!!」
右腕を天に思い切り振り上げたと思えば、ドロスの足元へそれを思い切り振り下ろす。これも軽快に躱されるが、その手が触れた舞台には瞬く間に亀裂が走り勢いよく崩壊する。
「おおっと、大事な舞台が」
「うがああああ!!!」
足元をすくわれ体勢を崩したドロスに、渾身の一撃を振りかぶるハットベル。
「うおおおあああ!!!」
「う〜む……これ以上はレイン君の体に負荷が残るな……」
躍動する舞台に
「ふー……――」
目の前の剣術使が不意に
「!!! うおおあああ!!!」
対抗して放たれる怒気すら意に介さず、目の前の悪魔の首目掛けて思い切り刀は振り上げられた。
「「――!!」」
「う……――」
レインの首に当たったのは刃ではなく反りの方であり、舞台の外まで殴られる形で吹き飛ばされた。
「! レイン!」
たった一撃で既にハットベルの覚醒も鎮み、肉体の主導権を取り戻したレインは穏やかに眠っていたのであった。一方何事も無かったかのように軽やかに納刀したドロスに、マルカトロスは歩み寄る。
「だから貴様に何かある時など無いと言ったんだ」
「うむ、だが一度触れられれば文字通り壊されていたところだ。魔力の練れない私ではアレを直に受け止める事は出来ないだろう」
そう言いながらもオルビアナに抱えられたレインを見るドロスの目に恐怖などあるはずもなく、その眼差しには期待が表れていた。
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