事情説明

「ええと……つまりどういうことだ。コレットが聖女で、ディートリヒが女神の遣わした従者で……ルカ王子が?」

「俺はなりゆきでついてきただけ。一般人だ」

「ええええ……」


 オズワルドが操る馬車の荷台で、私たちの話を聞いていたオスカーが頭を抱えた。

 一緒に聞いていた老騎士、サイラスもしきりに首をひねっている。


「にわかには信じがたい話ですが……否定などできそうにありませんね」

「実際に目の前で奇跡が起きるのを見てしまってはな」


 彼らの視線が集まるのは、ディーの腕だ。

 獣人にちぎられた腕を体にくっつけていたら、元通りにつながってしまったのだ。

 ひら、とディーがくっついた方の手を振る。


「私は人間ではありませんので、この程度なら修復可能です」

「怪我が治ったのは見ればわかるけど、まだ顔色が悪くない? 内臓とか、表に出ないところで問題が起きてたりしないよね」


 ディーの顔はいつも以上に青白い。

 指摘すると、人外従者は肩をすくめた。


「実は、軽い貧血状態です。形態変化で傷はふさがっても、失った血は戻りませんので」

「だめじゃん」

「なので、血の材料になるもの……水と、肉を使った食料を分けていただけませんか」


 ディーがオスカーたちに目を向ける。

 オスカーはすぐそばの荷物から水筒を引っ張り出して、ディーに渡した。


「まずはこれを飲め。食料は……」

「こちらの燻製肉とパンをどうぞ」


 サイラスが別の荷物から食料を取り出す。ディーはそれらを受け取ると、手早く口に入れ始めた。


「あとは、着替えだな」

「血まみれだったもんね……」


 女神の力で変えやすいのは、ディーの体だけだ。傷がふさがった今も、着ていた服はずたぼろのままである。血が染みこんでいるのもあり、ディーの格好は異様だ。

 自分の荷物から出そうにも、逃げる時に全部街道に置いてきてしまった。


「俺の服でいいか?」

「助かります」


 オスカーがまた自分の荷物に手を突っ込む。

 出された食事を平らげて、ディーはオスカーから渡された服に着替えた。シンプルなチュニックとズボンをゆったりと身に着ける。


「あれ? ちょっと服が大きい?」


 オスカーもディーも身長は同じくらいに見えるのに、オスカーの服を着るディーには、ずいぶんと余裕があるようだった。


「身長の違いというよりは、厚みの違いですね」


 言われてみれば、すらりとしたディーに比べてオスカーは胸板や腕回りが太い。太もももぎっちり筋肉が詰まっている。大きくて当然だ。


「……もう少し、厚みがあるほうがいいですか?」

「いい。そのままでいいから」


 軽く首をかしげて、たずねてきた従者を止める。

 ディーが私の性癖に合わせて見た目を変えているなんてこと、幼馴染にだって知られたくない。


「女神が遣わした存在とはいえ、たったひとりの従者を頼りに姫君と王子が敵国から逃亡とは。俺たちが偶然近くで野営していたからよかったものの、すれちがっていたらと思うと、恐ろしいな」


 私たちを見てオスカーがつぶやく。

 ルカが思わず笑いだす。


「いや絶対それ、偶然なんかじゃないだろ」

「その通り! コレットさんがオスカーさんに出会えたのは、私の力なのです!」


 見えてないルカの前で、運命の女神がドヤ顔で胸をそらした。


「運命の女神は、私に縁のある人間の動向を知ることができるわ。その力を使って、オスカーのいる場所を見つけ出したんじゃないかな」


 獣人から逃げる時に、ディーは女神に『検索』と指示を出していた。

 あれは、『味方の場所を検索しろ』という意味だったんだろう。

 推測通り、ディーがうなずく。


「レイナルド陛下が、コレット様の救出部隊を派遣した、というところまでは私も知っていたので。近くにいるかどうかは、賭けでしたが」

「……運命の女神はどこまで奇跡が起こせるんだ?」


 狙って野営地に現れた、と聞いてオスカーは琥珀の瞳を瞬かせる。


「そのあたりの条件は、もっと落ち着いてから説明するよ」


 ルカと一緒に一度整理したけど、私も細かいところまで理解できていない。全部語ろうとしたら、かなり時間がかかるだろう。


「まずは目の前の問題だな」


 ルカが荷台の後方を見た。

 そこには、縄で拘束された灰色の獣人と、黒の獣人が転がっている。


「こいつら、どうする?」


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