死闘
「コレット? え、髪、赤……!?」
私の姿を見て、オスカーは目を白黒させる。
そういえば、目立つストロベリーブロンドはばっさり切って赤く染めてしまったんだった。あっちを見慣れてた幼馴染としては、そりゃあびっくりするよね。
でも、今はそんなことに構ってられない。
「オスカー、助けて! 追われてるの」
「なにっ……」
びっくり顔から一転、オスカーの顔が騎士のそれに切り替わる。
騒ぎに気づいて、他の男たちもオスカーのところに集まってきた。
「オスカー様!」
「コレットを見つけた! 一緒にいるのは、おそらくルカ王子だ」
「コレット様?!」
オスカーの仲間らしい男はふたり。年かさの商人と御者、という雰囲気だけどふたりとも多分騎士の変装だ。異変を感じてすぐに武器を手に取っている。
「まずはあなたの身の安全を……」
「そんなことより、一緒に来て! 仲間が襲われてるの!」
「仲間?」
手を引かれて、オスカーが私の出てきた茂みを見る。
その瞬間、茂みの上から何かが飛んできた。
太い棒状の物体は、どさりと重い音をたてて地面に転がる。
「……腕?」
棒のように見えたソレには、手がついていた。
見慣れたデザインの袖も。
袖は断面から流れる血で真っ赤に染まっていた。
「ディー!!」
思わず悲鳴を上げる私の前に、ディー本人の体が転がり出てくる。腕どころじゃない、彼の体は傷だらけで、血まみれだった。
「おい、生きてるか?!」
ディーの姿を見て、オスカーが駆け出す。
助け起こそうと近づいた瞬間、ディーが叫んだ。
「止まれ!」
反射的に、オスカーが足を止める。
次の瞬間、彼の目と鼻の先を見えない何かが薙ぎ払っていった。
呆然とする私たちの前に、灰色と黒の毛並みの獣人たちが現れる。
「黒いほうに気をつけろ! 爪から見えない刃を放ってくる」
「わかった!」
オスカーは慎重に獣人たちとの間に距離をとる。
「サイラスはコレットたちの保護! オズワルドは援護だ」
「はっ!」
商人の姿をした騎士が私たちふたりを守るように立ち、御者の姿をした騎士が剣を抜いて、オスカーの元に走っていく。
突然の二対二に、一瞬獣人たちが戸惑う。
その隙にオスカーが駆け出した。黒い獣人に向かって鋭く切り込んでいく。
灰色の獣人もオスカーに向かっていこうとしたけど、御者の騎士、オズワルドが間に割って入った。
仲間の援護のない黒い獣人は腕を切り裂かれ、甲高い悲鳴をあげる。
「殺すな。そいつらは因果が濃い」
いつの間に体を起こしたのか。
立ち上がったディーがオスカーたちに警告を与える。
「無茶を言うな!」
「私も援護する」
「そんな体でどうやって……」
オスカーが困惑している間に、ディーは駆け出していた。オズワルドと対峙している灰色の獣人へと肉薄する。
「お前は、鼻が武器だったな」
「ウゥ?」
灰色の獣人の鼻先で、ディーは切断されたほうの腕を振る。ぱっと飛び散った血が、獣人の顔を赤く染めた。
「ウガァッ!」
感覚の鋭い鼻に、突然血を浴びせられて獣人がひるむ。
その隙にディーは獣人の体に蹴りを叩き込んだ。どれだけの力をこめたのか、獣人の体は野営地の端まで吹っ飛ばされて、動かなくなった。
「ガァッ!」
仲間が倒されて、黒い獣人の意識がディーに向けられる。
しかし、オスカーは他に気を取られながら戦えるような相手じゃない。
注意がそれた瞬間、すかさず黒い獣人の懐に飛び込むと、剣の束をみぞおちに突きこんだ。
「グッ……」
獣人は白目をむいてその場に崩れ落ちた。
しん、と野営地が静まり返る。
「他に伏兵は?」
オスカーは私たちが出てきた茂みに向かって、まだ剣を構えている。
「いない。こいつらの主人は女だ。まだ、森の向こうで部下の帰りを待っているだろう」
「そうか……」
ディーの説明を聞いて、オスカーがようやく剣を降ろした。
同時に、ディーが膝を折った。力なくその場に倒れこむ。
「ディー!」
私はたまらずディーに駆け寄った。
倒れたままのディーのアイスブルーの瞳が私を見る。
「コレット様、お怪我はありませんか?」
「ないよ! それより、ディーが……ディーが……」
爪で攻撃する獣人に切り裂かれたんだろう。
片腕を失ったディーは傷だらけで血まみれだった。
素人の私にも命に係わる大怪我だとわかる。
どうしよう。
私を守ったばっかりに、ディーが。
優しい私の従者が死んでしまう。
突然目の前に突き付けられた死に、理解がおいつかなかった。
嫌だ、こんなところで、彼を失いたくない。
体を這い登ってくる恐怖に、全身が粟立った。
ディーは私を見上げて口元を緩める。
「泣かないでください。私はあなたの従者です。あなたが無事ならそれでいい」
「よ……よくないよ……! 私が助かったとしても、ディーが……ディーが死んじゃうなんて……そんなの元も子もないじゃない」
仲間が死んで、自分だけが助かって。
それでああよかった、って言えるわけがない。
こんな失い方をしてこの先まともに笑える気がしなかった。
「……あなたがそれを言いますか」
「え?」
「大丈夫ですよ」
唐突にディーが体を起こした。
あまりの勢いの良さに面喰う。
「ちょ……横になってないと、余計に傷が!」
「もうふさがってますよ」
ディーはぴら、と裂かれた服をめくってみせた。服に残る血の痕は生々しいけど、その下の素肌に傷はない。
「え……えええええ?」
さっきとはまた別の意味で頭が真っ白になる。
「体の形を変えるのは得意だと言ったでしょう。形態変化の応用で、傷口をふさぎました。ちぎれた腕も、くっつけておけば治りますよ」
「えええええええ……」
「私を何だと思っているんです。あなたに永遠の忠誠を誓った、あなたの従者ですよ。女神の力にかけて、あなたを置いて死んだりはしません」
ディーが死なないのはうれしいけど!
私の涙を返して!
「どうなってんだ、一体……」
私たちを見てオスカーが呆然とつぶやいた。
その気持ちはわかる。
「説明はあとで。まずはここから離れましょう」
ディーが立ち上がった。そばに座り込んでいた私に無事なほうの手を差し出して、立たせてくれる。
「まだ彼らの主人であるエメルが残っています。部下が戻ってこないことに気づけば、すぐに追ってくるでしょう」
「そうだな……」
私たちは大急ぎで馬車に乗り込んだ。
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