食卓に潜む呪い

「で? 理由は教えてくれるんだろうな?」


 隊商の一団から少し離れたところで、ルカがたずねてきた。

 ディーは私を地面に座らせ、荷物の中から大きな布地を引っ張り出す。今日はここでテント泊だ。

 てきぱきとテントを張るディーを見守る私の隣に、『妹』も並んで座る。

 私は首を振った。


「自分でもうまく説明できない。なんか……見た瞬間、めちゃくちゃ気持ち悪く感じちゃって」

「気持ち悪い……?」


 感覚が理解できなかったんだろう。

 ルカはむっと眉間に皺をよせた。


「私の感覚がおかしいのはわかってる。ルカから見たら、ただの豆だもんね。でも……本当に嫌な気持ちになるのよ。絶対、食べちゃだめって感じるの」

「ふうん?」


 ルカは自分の荷物からダイズの入った袋を引っ張り出した。とたんに、彼の手元から不快感が放たれる。


「変な感じはしねえけどな?」


 ルカは本気で何も感じないらしい。

 私はこんなに異常を感じ取っているのに。


「ルカ様、ダイズをコレット様に近づけないでください。それをあなたに贈った隊商の心象もありますから、今すぐに捨てろとは言いませんが、どこか人目のない場所で廃棄してください」


 ディーがやや厳しめに指示する。

 今までそんなに強く指導されたことがなかったからだろう。ルカはあわてて袋を荷物の奥に突っ込んだ。

 違和感が遠ざかって、私はほっと息を吐いた。


「多分、違和感の原因は、邪神と女神に関することだと思う。そうだよね?」


 私は、自分とディーにしか見えてない女神を振り返った。

 パーカー姿の運命の女神は、自分の両腕を抱いて、ぶるっと身震いする。


「あれは、呪いです」

「呪い?」

「東から運ばれたという食材、特にコメとダイズに呪いがかけられていました。あれを食べると、徐々に思考力が奪われ、感受性が鈍くなっていくでしょう」

「呪いってどういうことだよ」


 女神の言葉が届かないルカが、私の袖を軽く引っ張る。


「あれを食べると、考える力や感じる力が鈍くなるみたい」

「うぇ……? なんでそんなものが」

「国を動かしやすくするためでしょう」


 テントを張りながら、ディーが言葉だけで会話に参加する。


「イースタンは、これから周辺三国との戦争に突入します。何も考えず、何も感じず国の方針に従う国民ほど便利なものはありません」


 国の大きな動きには、必ず反対派が生まれる。

 国民全員が指導者に従うなら、これほど楽なことはないだろうけど。


「そっか……そういうことか」


 困惑する私の横で、ルカが深くうなずいた。


「どうしたの?」

「隊商の連中だよ」


 ルカは野営の準備をする隊商の一行を見る。


「アクセル王子は、すでに周りの三国に対して宣戦布告している。もう戦争は始まってるんだ。それなのに誰も慌てる様子がない」

「あれ……? 言われてみれば、確かに」


 彼らは無駄なく動いてはいたが、その姿には余裕があった。そこに戦争中の国の民、という悲壮感はない。


「隊商だけじゃねえ。道を歩く奴ら全員、のんきに、『アクセル王子なら大丈夫だろう』って言って、いつもの商売を続けてる。戦争だぜ? 攻め込まれて襲われるかもとか、土地が焼かれるかもとか、考えるもんじゃねえのかよ」


 街道を行く人々の姿も、のんびりしたものだった。

 ごくごく普通の田舎道と変わりがない。

 そういえば、今まで通ってきた街も平和そのものではなかったか。

 戦争のために兵士たちが出入りしているはずなのに。

 この平和な光景を生み出しているのが、呪いだったとしたら。


「アギト国のコメとダイズの流通って……結構ヤバくない?」

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