コメとダイズ

「……コメ?」


 私は呆然とつぶやく。それを見たリーダーは苦笑した。


「奥さんはまだ見たことねえか。最近入ってきた穀物だよ。甘くてクセがないから、何にでもよくあう。今日は、大鍋で羊肉や野菜と一緒に炒めてから、スープを入れて蒸し煮にするんだってよ」


 パエリアみたいな料理だろうか。

 悪い調理法じゃない。

 むしろおいしそうなメニューだ。

 しかし、コメの入った布袋から強烈な違和感を覚える。

 嫌だ。

 怖い。

 理屈抜きの不快感が喉の奥からせりあがってくる。

 コメは日本人のソウルフードだ。

 紫苑だったころは、毎日食べていた主食である。

 嫌だと思ったことなんて、一度もなかったのに。

 なぜ今ここで気持ち悪く感じてしまうんだろう。

 自分の感情が理解できない。

 パーカー姿の運命の女神を見ると、彼女もまた顔をこわばらせて布袋を見つめていた。

 神とは不自然な現象をもたらす存在。

 だとすればきっと、この違和感は女神由来のものなのだ。


「おい、どうした若奥さん」


 私の顔色に気づいたリーダーが目を丸くした。ディーも心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

 まずい。

 彼らとはまだしばらく旅を共にする予定だ。

 ここで不審がられるわけにはいかない。

 私は必死に首を振った。


「ご……ごめん、なさい。私……コメが受け付けない体質なんです」

「コメが? 食えない?」


 リーダーは不思議そうに首をかしげる。


「食べると……蕁麻疹が出たり、喉が腫れて、声が出なくなったりするんです。ご厚意はうれしいのですが……」


 なんとか穏便にコメ料理を避けようと、私は必死にアレルギー説をでっちあげる。

 この世界にアレルギーという言葉はまだないけど、一般的な食材が人によっては毒になる、という体質は昔からあったはず。


「カニとか魚とかで聞くような話かね。コメが食えないってのは初めて聞いたが」

「妻は少し珍しい体質をしているのです」


 ぐ、とディーが私の腰を抱いた。

 今にも倒れそうな体を支えるためだ。私はされるがまま、彼の腕に身を預ける。


「せっかくの料理を食ってもらえないのは残念だが、倒れられたんじゃ寝覚めが悪いな。わかった、食事も別にしよう」

「お気遣い、ありがとうございます」


 ディーとふたりで頭を下げると、リーダーは去っていった。

 私はディーの腕の中でほっと息を吐く。緊張しすぎたせいで、まだひとりで立ってられない。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 私たちの様子がおかしいことに気が付いたのだろう。スカートをはいたルカ少年が私たちのところにやってきた。


「ちょっと、疲れちゃって」


 コメの違和感について、彼に告げるべきだろうか?

 ディーはもう私の異常に気付いていると思うけど、女神と直接関係のないルカに伝えるべきかどうか迷ってしまう。


「お腹すいたのなら、コレでも食べる?」


 周りに人の目が多いせいだろう。まだ少女の演技をしながら、ルカは小さな袋を私に差し出してきた。


「……!」


 それを見て、私は思わずディーにしがみついてしまった。

 ルカの持つ袋にも強烈な不快感があったからだ。


「それ……何?」

「乾燥させたダイズを炒ったものだって。ナッツ感覚でおやつになるから、って隊商の人たちにもらったの」


 ダイズ。

 多分これの出どころもコメと同じ、東だ。


「……食べた?」

「ううん、まだ。初めて見る食材だったから、お姉ちゃんたちに確認してから食べようと思って」


 ナイス警戒心。

 ルカの機転に感謝だ。


「ダイズのお菓子はちょっと……大事にとっておこうか?」


 暗に『食べるな』と伝えると、ルカは神妙な顔で袋を荷物の中にしまい込んだ。


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