過剰摂取
過ぎたるは及ばざるがごとし、ということわざがある。
いくら体にいいものでも、摂り過ぎたら体に障って、摂取しないより悪いことになるという話だ。
体に必須とされる塩分も、摂り過ぎたら毒になる。
イケメン分も同じである。
どれだけ好みの顔でも。
どれだけ好みの声でも。
総合してどれだけ好みの美青年だったとしても、その栄養素を浴びるように摂取させられたら体に悪いと思う。
そう、今の私のように。
「……」
私は馬車の荷台に造られた座席に、ディーとふたり並んで座っていた。ただ並んだだけじゃない。ぴったりと寄り添ったディーの大きな手が私の腰を抱いている。やらしい意味はない。私が馬車から落ちないようにするためだ。
なにしろ、この世界にはシートベルトもエアバッグもない、安全設計という言葉すら存在しない。
小柄な私を座席の上に固定しようと思ったら、人の手で支えるしかないのはわかってるんだけど。
近い近い近い。
というかほぼゼロ距離である。
「コレット様、御気分は悪くありませんか?」
柔らかなディーの声が耳を打った。
「……っ、だ、だいじょう、ぶ」
だから近いってば。
耳元でささやくとか反則すぎだろう。
攻撃がヒットしすぎて、私のHPはとっくの昔にゼロである。
完全なイケメン分過剰摂取だ。
こんな時に限って、有能ムードメーカー、ルカ少年はそばにいない。隊商の他の馬車へと乗り込んでいっては、メンバーにあれこれ話しかけていた。彼なりに情報収集をしているんだと思う。
私も一緒に聞き込みをするべきなんだろうけど、ディーが離してくれないので身動きが取れなかった。
隊商のメンバーはそんな私たちを遠巻きにしている。
仲間はずれにされているわけではない。
私たちが若夫婦という設定をまるごと信じているだけだ。
これはあれだ。
若い二人でごゆっくりってやつだ。
深く追求されないかわりに、裏でどんな噂されてるかわからないやつだ。
ディーの過保護っぷりに不自然さがなくなるから好都合……ではなくて!
誰かあああああ助けてええええええ!
従者がかっこよすぎて死にそうですうぅぅぅ!
思わず叫びそうになった瞬間、ガタンと大きな音を立てて馬車が傾いた。
「ひゃっ」
座席から転がり落ちそうになった私の体をディーが抱きしめて支える。
危なかった。
完全に油断してたから、あとちょっとで荷台から放り出されるところだった。
ディーがいなかったら、大怪我してたところだ。
「お怪我はありませんか?」
「あ……ありがとう」
キラキラ笑顔で別のダメージを受けたけど、口には出さないことにした。
顔がいいにもほどがある。
「よーし、今日はあそこで野営するぞー」
リーダーが声をかけると、隊商の馬車は順々にその足を止めた。乗っていたメンバーが降りてきて、テントの材料や食料を降ろし始める。
「あれ? もう竈がある?」
彼らは馬車を降りたばかりだというのに、野営ポイントには石を積んで作った竈があり、周りの草が刈られていた。つい昨日まで誰かが使っていたような雰囲気だ。
「ここは隊商が多く行きかう街道ですからね。休憩しやすい場所には、自然と共同の野営場のようなものができるようです」
「そうなんだ?」
現代日本の国道ぞいのドライブインとか、高速道路の休憩所みたいなものだろうか。
「人が一日に移動できる距離や、休憩場所として好む場所は一緒ですから」
馬車が完全に止まったのを確認してから、ディーは私の体から手を離して馬車を降りた。振り返って私に手を差し出す。
降車のエスコートまで完璧である。
「あんたたち、寝床は?」
私が馬車を降りたところで、リーダーが声をかけてきた。
「ウチのテントに入れてやることもできるが……」
「寝床は自分たちで用意しますので、お気遣いなく。妻と義妹の三人で休みます」
「わかった。新婚だし、あんたらは家族単位で行動したほうがいいだろう」
ディーの答えを予想していたんだろう、提案を断られたリーダーに気を悪くする様子はなかった。
「食事はどうする? うちの連中のメシでよければ、分けてやれるが」
「そうですね……」
ディーは思案顔になる。
旅に必要な食料はあらかじめ用意してある。だから、寝床と一緒で隊商に頼らなくても食事はできる。
しかし、野外では煮炊きできる場所が限られていた。私たち三人分とはいえ、別に火を焚いていたら煙そのほかが迷惑になるかもしれない。
考えていると、リーダーはからからと笑った。
「実をいうと、客がいるっていうんでうちの料理番が張り切ってるんだ。一緒に食ってかないか」
「そういうことなら……」
ディーがちらりと私を見る。私もこくんとうなずいた。
せっかくの厚意だ。ここは甘えておいたほうが面倒はないかもしれない。
「ちなみに、夕食のメニューは?」
ディーの問いに、リーダーはすぐそばに置かれた荷袋を指した。麻で作られた袋には何か穀物が入っているようで、ずっしりと重そうに見える。
「東で仕入れたコメを使った、羊肉の炊き込みご飯だ」
それを聞いた瞬間、違和感にぞわっと背筋に悪寒が走った。
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