独裁国家
「アギト産のコメとダイズの流通は、戦争をしたいアクセル王子にとっては好都合でしょう。しかし国家単位で見れば危機的状況でしょうね」
ディーがこちらを向いた。テントを張り終わったらしい。
ルカは、小さく舌打ちする。
「ひとりの強引な独裁者に、国全部が強制的に従わされてるっとことだからな」
「アクセル以外のイースタン国首脳陣は何を考えてるんだろう? 国王陛下とか、普通は息子を止める立場だよね」
「そいつらも呪われたコメを食ってるんだろ。王子やエメルの持ち込んだ食料を食べるのは、まず周りの人間だから」
「そういえば、イーリスは家臣の様子がおかしいって言ってたね。私の侍女だったテレサも洗脳されていたわけだし。ということはつまり、王城の人間を洗脳したのも……コメとダイズの呪い?」
ディーがうなずく。
「それらが原因と見て、間違いないでしょう」
「アクセルたちがおかしくなってる中で、イーリスだけ正気だった理由もわかるわね。彼女は、『コメの味が受け付けない』って言ってた。彼女は呪いの食べ物をほとんど口にしてないのよ」
「コレットの侍女はどうなんだ? イースタンに来たばかりのはずなのに、アギトの姫に服従してたぜ」
「それは多分……侍女だからだと思う」
私はため息をついた。
「彼女は姫じゃない、使用人よ。立場上、周りの侍女たちに食事を出されたら好き嫌いせずに食べなくちゃいけない。三食アギト国料理を食べさせられて、すっかり呪われちゃったのよ」
「なるほどな……」
私とルカが呪いの料理を食べなかったのは、また別の理由だ。アクセルたちは婚約破棄するまでは、アギト国とのつながりを隠していた。関係を気取られないよう、わざとアギト産の食材を出さなかったのだろう。
私たちは全員、苦い顔でため息をつく。
運命の女神は不安そうに東の空を見つめた。
そちらにはイースタン王城が、さらにその先にはアギト国がある。
「まさか、邪神にこんな奇跡が起こせるなんて」
「この事態は、女神にとっても予想外?」
「国ひとつに流通する穀物すべてに呪いをかけるなんて、途方もない奇跡ですよ。何をどうやって実現しているのか、想像もつきません」
神の想像力をも超えてくるとか邪神の国、やばい。
「呪いの食糧が邪神の奇跡だというなら、女神の奇跡で打ち消すことはできないの?」
女神は目を伏せて首を振った。
「理論上、解呪は可能です。しかし、国ひとつぶんとなると必要とされる力が……」
「いつもの、『奇跡の力が足りない』って話だね」
「イースタンに正気に戻られては困る邪神側も、全力で妨害してくるはずですし」
「ちなみに、今ある力で解呪できる量ってどれくらい?」
私は虹瑪瑙のペンダントを胸元から引っ張り出した。
石は淡い黄色だから、かなり力がたまっているはずだ。
ここまで乗せてきてくれたお礼に、隊商の食事くらいは浄化できないだろうか。
「コレット様の慈悲深さは愛すべき特性ですが、今はやめておきましょう」
「焼石に水かな、やっぱり」
彼らは私たちがイースタンを脱出したあともこの国で暮らす。一時呪いから解放されても、また呪われた食べ物を食べて、洗脳されてしまうだろう。
「それもありますが、奇跡の力に不審な点がありまして」
「女神の力なんて、もともと不自然なものなんじゃないの」
「力の源がこのポンコツ神なので、信頼性に欠けるのは致し方ありませんが」
「ふたりとも、その言い方はひどくないですか?!」
運命の駄女神が頬を膨らませた。
しかしこれまでに積み上げた実績を思うと、残念ながら当然の判断と言わざるを得ない。
「それでも奇跡の力の増減には一定の法則があるのです」
「その法則がおかしい……何かイースタン側で起こってる、ってこと?」
「おそらく」
ディーは私に目を向けた。多分、今見つめているのは、私自身じゃなくて首から下げている虹瑪瑙だろう。
「イースタン王城から脱出する際、私は大規模な火災を起こし、人質と犯罪者を一斉に解放しました」
「子猫の姿が警戒されないからって、やりたい放題だったよね……」
「あれほどの被害です。周辺三国への侵攻計画に大きな狂いが生じたことでしょう。私が思った通りの影響が出ていたのであれば、虹瑪瑙の輝きはそんなものではすみません。もっと光り輝く金色か、それ以上の虹色に輝いていてもおかしくない」
ルカも不思議そうな顔で私の虹瑪瑙を見つめる。
「予想より、力がずっと少ないってことか」
私はぎゅっと虹瑪瑙を握りしめた。
「城から脱出して、隊商に乗せてもらって、ここまで旅は順調だと思ってたけど……実はそうじゃないかもしれない?」
「残念ながら……」
ディーは、つっと人差し指を眉間にあてた。
「女神のゲームは、ほとんどデバッグがされてないと言ったでしょう。実は城から脱出した先、イースタン国境到達後の未来まではシミュレートされていないんですよ」
つまり、この先のシナリオは誰も観測してないと。
でもディーたちを責める気にはならない。
「ヒロインの死亡フラグが多すぎて、城を脱出することすら至難の業だもんね」
ここまで来れたのは、ディーというチートガイドがいたからだ。
私ひとりでは、王城すら突破できなかっただろう。
「イースタンには、何か切り札が残されている可能性があります。力は温存することをおすすめします」
「わかった。大事にとっておくよ」
そして、ディーの予測は当たることになる。
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