三人と一柱
「おじさん、そのナッツも一緒にちょうだい!」
「そんなにかわいくお願いされちゃあしょうがねえなあ。お嬢ちゃん、ナッツとこっちの干しブドウも持ってけ」
「ありがとう、おじさん!」
にこっ、と笑ってルカは店主から商品を受け取った。今受け取った食料だけではない。彼の抱えるバッグには相場より2割程度安く買った物資がぎゅうぎゅうに詰まっている。
彼はこれらすべてを女装と笑顔と愛嬌だけで手に入れていた。
「要領いいとは思ってたけど、商売上手が過ぎない……?」
「手札が少ねえのは生まれた時からだからな、これくらいやりくりできなきゃ、生き残れねえよ」
齢十歳で親から捨て駒にされた第三王子は、たくましい。
箱入り育ちの私には、到底真似できそうにない。
「コレットはそこまで深く考えなくていいんじゃん? 最強のお守がいるんだから」
「お守って」
それは誰のことを言っているのか。
問いただそうとした瞬間、ふっと体が後ろに引き寄せられた。
びっくりしている私の目の前にガラの悪そうな男の姿が現れる。男は、私の後ろから伸びてきた大きな手に前を遮られていた。
「おう姉ちゃん、何しやがんだ? あんたのせいで買ったものが……って、あれ?」
「え?」
ぱちぱちと男が目を瞬かせる。
男がぶつかってきた瞬間、私を抱き寄せてかばい、相手の体を片腕一本で支えたディーが男を見下ろした。
「私の連れに、何か用ですか?」
冷ややかな声に、男がひるむ。
「何かって、あんたらがぶつかったせいで俺の商売道具がだなあ」
「商売道具? ああ、この無駄に大きな体ですか」
ぽん、とディーの手が男の肩にのせられた。
とたんに男の顔から血の気が引いていく。
あれ? なんか男の人の肩が変形してない? ディーの手を中心にへこんでいってない?
「ひいいっ! なななななな、なんでもありませんっ! すいませんでしたっ!!!」
男は必死にディーの手を振りほどくと、慌てて去っていった。私に潰された、と主張していた荷物は地面に取り残されたままだ。
「ふん……無礼者が」
男の後ろ姿を見送って、ディーが息を吐く。ルカも呆れ顔だ。
「コレットの後ろから、ディーがずっとついてきてたのに、気が付かないもんかね?」
「御しやすそうな獲物の姿しか見えてなかったのでしょう。視野の狭い愚か者は救いようがありませんね」
冷ややかな美貌の青年は、それ以上に冷酷な言葉を吐く。が、こちらに顔を向けると一転、心配げな表情になった。
「コレット様、申し訳ありません。私の注意が足りないばかりに、あのような輩の接近を許してしまうとは。次からは、もっと前の段階で排除しますね」
なんだかなあ。
イケメンに引き寄せられてかばわれるなんて、乙女があこがれるドキドキシチュエーションのはずなのに、ディーが不穏すぎて素直に喜べない。
「……やりすぎには注意してね?」
「節度はわきまえておりますよ、当然ではありませんか」
ディーはにっこりと美しく笑った。
何をどのへんまでわきまえるつもりだろう。
不安しか感じない。
と言いつつも、二人と一匹と一柱が、三人と一柱になってから、旅は順調だった。
猫を連れた姉妹と、男連れの姉妹では、世間の評価が全く違う。
ここに来るまで、私や女装したルカによからぬ視線を送る男たちは何人もいたけど、側にディーが立っているのを見ると、彼らはさっと姿を消した。
「ディー効果ってすげえな。トラブルが相手のほうから逃げていくんだから」
「単に男の人ってだけじゃなく、威圧感マックスのクールビューティーだからねえ……」
私がならず者だったら、絶対に嫌だ。
こんな怖そうな人に喧嘩を売りたくない。
私とディー以外視認できないのをいいことに、ファンタジー世界で浮きまくりなパーカーデニム姿で、女神がうんうん、と深くうなずいた。
「ディーを人間の姿に変える時に力を多く消費したので、心配していましたが、杞憂でしたね。人間のディーが同行した結果、トラブルが減少。奇跡の力を必要とする機会自体が減ったので、費用対効果としてはプラマイゼロどころか、おつりが来ますよ!」
「それはそう」
「うん? 女神は何だって?」
ルカが首をかしげる。四六時中一緒にいるせいで、私が何もないところに向かって返事をしてる時は、だいたい女神と話しているとわかるようになってきたらしい。
「ディーを変身させたのは、結果的に力の節約になったね、って話だよ」
通訳すると、ルカもうなずく。
「それはわかる。つうか、その『奇跡の力』の使いどころが、結構わかってきたよな」
ほほう?
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