奇跡の法則
荷物を抱えて歩きながら、ルカは人差し指をたてた。
「まず、生きたものより、鉄とか石とかの無機物のほうが動かしやすいだろ」
「人間を気絶させたりするより、鍵開けのほうが得意だもんね」
私たちの言葉に、ディーがうなずく。
ルカはもうひとつ指を立てた。
「この鍵開けも、すぐそばの鍵よりは、遠くの鍵を開けるほうが難しい」
「その通りです。動作に必要とされる力は、距離と重さに比例します」
ディーの肯定を満足そうに受け取ると、ルカは三本目の指を立てた。
「それから、何もないところに、新しくモノを生み出すのは難しい。……が、すでにあるものに、機能を追加することはできる」
「私の虹瑪瑙のペンダントとかのことね」
私は首から下げているペンダントに手をあてた。数日前、ディーの姿を変えて暗い蒼になっていた虹瑪瑙は、淡い黄色へとまた変化していた。人質脱走騒動が、時間をかけてじわじわとイースタン国内に影響を及ぼしているらしい。
ルカはさらに四本目の指を立てた。
彼の手で折り曲げられているのは、もう親指だけだ。
「鍵を開けるとか、火をつけるとか、何か現象を起こす時には、その都度力が消費される。でも、そのペンダントみたいに一旦変化した道具は、力を追加しなくてもずっと使い続けられる」
それを聞いて、はじめてディーが首をかしげた。
「機能維持に力は必要ありませんが、道具を動作させるにはそれなりのカロリーが必要になりますよ」
「うん? かろ? なんだよそれ」
「ここに、奇跡の力で『ツマミをひねれば、必ず明かりがつくカンテラ』を作ったとします」
懐中電灯みたいなものだろうか。
「ただカンテラを持っている分には力を消費しませんが、明かりをつけ続けるには、相応の力を必要とします」
「道具だけなら力はいらねーが、使うにはまた別の力が必要なのか。だとすると、コレットのペンダントはどういう理屈だ?」
虹瑪瑙は状況が変わるたびに色を変えている。
都度、奇跡の力が消費されているはずだ。
「虹瑪瑙のペンダントは、単に色が変わっているだけなので」
「力の消費量がすげー少ないから、影響がないってことか。だったら、あんた自身は? その体も神様が作ったものなんだろ」
ディーの体は常に呼吸していて温かく、必要に応じて腕や足を動かしている。最低限成人男性が一日に必要とするカロリーは消費されているはずだ。彼の維持にはどんな力が使われているんだろうか。
「私のエネルギー補給方法はあなたがたと同じ、経口摂取ですよ。従者の維持に力を消費し続けていては本末転倒ですので、カロリーも栄養素も外部から取り入れる仕組みを採用しています」
「そういえば、ディーも私たちと同じように食事してたね」
食べ物を口にするのは、生き物として当たり前だから気にしてなかったけど。
彼の食事にもちゃんと理由があったらしい。
「そこは読み違えてたか~!」
ルカが悔しそうな顔になる。
ディーは苦笑した。
「ですが、分析のほとんどは間違っていません。すばらしい洞察力だと思いますよ」
「ま、そういうことにしとくか」
大人に素直に評価されたのがうれしかったのか、ルカはすぐに表情を変えてにやっと笑った。
「今の話に補足説明をするとすれば……私の体の特性と、女神の特性でしょうか」
ディーはつ、と眉間に指をあてる。
「私の体は、女神に殉じた神官の体でもあります。ですから、他の生き物に比べて、女神の力で形や能力を変化させやすいです」
「ユキヒョウから人間になったりとか?」
こくりとディーは首を縦に振る。
「あそこまで大きく変化するには、相応の力が必要ですが。単に髪の色を変えたり、目の形を変えたりするくらいなら、簡単にできますよ」
「だったら、もしかして顔の形そのものを変えたりとか」
「可能ですね」
そこでふと、ディーは私の顔を覗き込んできた。
「……容姿の変更をご希望ですか?」
「イエ、ソノママガイイデス」
罪悪感はともかく、好みの顔なのは間違いないのだ。
今更このクールビューティーが拝めなくなるのは嫌だ。
「最後の女神の特性ってのはなんだ?」
ルカに問いかけられて、ディーはそちらに視線を向けた。
よかった、イケメンに凝視され続けるのはちょっと心臓が持たない。
「あの方が縁をよりどころとする『運命の女神』だということです。奇跡の力を使えば、ある程度人の動向を知ることができます」
「悪い、ちょっと言ってる意味がわかんねえ」
ルカの早々のギブアップ宣言に、ディーは口元を緩めた。
「縁をたどることで、コレット様に関わる人間の今がなんとなくわかる、という力です。例えば、コレット様の兄君であるレイナルド陛下や、ジルベール殿下は、サウスティでお元気にされていますよ」
「よかった……!」
遠く離れた家族の安否を知らされて、私はほっと息を吐いた。
不意に運命の女神があらぬ方向をじいっと見つめる。
「とはいえ、この能力はコレットさんを起点にしているので、ルカさんの母国であるオーシャンティアまでは見通せないんですよね」
「あ、そうなんだ」
「コレット?」
何もないところに向かって返事をする私を見て、ルカが首をかしげる。
「ルカの実家のことまではわからないって。ごめんね」
「気にすんな、あのクソ親父の動向なんか興味ねーから」
それはそれでどうかと思うんだけどさ!
「逆に、脱出劇で縁ができたので、イースタンの王城から逃げ出した方々の現在位置くらいなら、わかりますよ」
「城に残ったイーリスやテレサのことは?」
テレサは十年以上のつきあいだし、イーリスは脱出に協力してくれた恩人だ。ふたりとも私と縁が深いと言えるだろう。
「申し訳ありません……あちらは邪神の支配圏なので。今も生きてるってことくらいしか……」
しょんぼり……と女神はわかりやすく肩を落とした。
そういう危険な場所にいる人こそ、状況が知りたいんだけどなあ。
使い勝手があるのかないのか、微妙な能力だ。
「生死だけでも十分有益な情報です。うまく使っていきましょう」
フォローしてくれる従者、優しい。
「ま、ここにいない奴のことよりは、今の俺たちのことだよな」
「まだまだサウスティまでは遠いからね……」
イースタンの城下町からは脱出できたけど、母国に入るまでは、広い国土を横断していかなくちゃいけない。
「ここから西に向かって移動する隊商があると聞きました。馬車に乗せてもらえないか、交渉しましょう」
しかし、私たちはそこで、また別の問題に直面するのだった。
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