ディートリヒ

「ここまでくれば、もう大丈夫でしょう」


 比較的人通りの多い場所まで戻ってきてから、ディー(美青年)が振り返った。

 つ、と手を引かれて、自分が美青年と手をつないでいたことに気が付いた。自覚と同時に、かあっと頬が熱くなる。

 手を差し出されたからって、エスコートされるがままって、どうなんだ自分。

 いい加減黙ってられなくなったらしい、ルカがディーに疑問を投げかける。


「ディー、あんたなんでそんな格好になってるんだ?」

「そ……そうだよ! 女神の奇跡でも、人間をどうこうするのは難しいんじゃなかったの」

「私の体は人間と違って変化コストが低い、とも申し上げましたよ」


 ふう、とつまらなさそうにディーがため息をつく。

 ユキヒョウの時と同じ表情なんだろうけど、美青年になったぶん、可愛げがない。

 かっこいいけど。


「奇跡の力だけで彼らを排除するのは不可能でしたからね。ユキヒョウの体を元の成人男性に戻して、私自身が物理的に排除したほうが効率がよいと判断して、実行しました」

「……ディーの物理排除は奇跡じゃないんだ」

「それは私自身のスペックですね」


 美青年は誇らしげに語る。

 そんな姿だけは、ユキヒョウのドヤ顔とまったく同じだった。

 首から下げていたペンダントに目を落としてみる。女神の使徒とはいえ、ユキヒョウを人間の姿に変えたせいで、虹瑪瑙は濃い蒼へと色彩を変えていた。


「コレットさん、どうですか? どうですか? 彼の姿、めちゃくちゃかっこいいでしょ?」


 イケメンの隣では運命の女神が謎のハイテンションだ。


「どうして女神が得意顔なの」

「だって最初に言ったじゃないですか。ゴリッゴリに紫苑さん好みにチューニングしたって」

「ちゅーにん……え……?」


 この女神、なんて言った?

 紫苑好みに?

 チューニング……した?

 つまりディーの容姿は自然発生的なものではないと。

 私が好ましいと感じる要素を『ゴリゴリに』取り入れた『意図的なデザイン』。

 これが私の好み。


「うああああああああああ…………」


 羞恥心と罪悪感、ふたつの感情に同時に襲われた私は、思わず声をあげてしまった。


「コレット?」


 私の混乱を目の当たりにして、ルカが目を丸くする。


「今度は何があったんだよ」

「絶対教えない………!」


 私はぶんぶんと首を振った。

 十歳の少年に自分の性癖がコレだと知られるわけにいかない。

 今度こそ羞恥で死ぬ。

 おのれ女神。

 日本生まれ日本育ち、両親も日本人だった紫苑の人生から何をどう抽出したら、こんな顔が出来上がるの。

 心当たりがないわけじゃないけどさあ!

 銀髪にアイスブルーの瞳のクールビューティー系イケメンとか、業が深すぎてやばいしかない。

 苦しみ続ける私を、ディーが心配そうに見つめてくる。


「お嫌……でしたか?」

「嫌じゃない」


 好みストレートど真ん中です。

 乙女ゲームの攻略対象だったら、即ディートリヒルートを選択して一途プレイしそうなくらいにはお好みです。

 顔を見るたび羞恥心と罪悪感が襲ってきて、情緒がかき乱されるだけで。

 なおも頭を抱えている私につきあいきれなくなったらしい、ルカがさっさと歩きだした。


「なんかよくわかんねーけど、デカい問題がねえなら行こうぜ。また変なのに絡まれる前に、城下町を出ねえと」

「えっ……あ」


 現実的な問題を突き付けられて、私はあわてて彼を追う。

 そうだった。

 今の私は敵地に取り残されたお姫様だ。

 迷ってる暇なんかない。

 このメンバーで、一国も早くサウスティ国境まで旅しなくちゃいけない。

 ……でも。

 私は隣を歩く銀髪の美青年の顔を盗み見る。

 このイケメンと旅?

 四六時中一緒?

 心臓が持つ気がしない……!!


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