天の助け

「うげっ……」


 突然脳天に攻撃を受けた男は、ぐるんと白目をむいてしまった。私の腕を掴んだまま、ぐらりと体がかたむいていく。


「手を離せ」


 突然現れた誰かが、男の手を私の腕からはがして、体ごと地面に転がす。ルカをかばう私の体を、さらにかばうようにして男たちの前に立ちはだかった。


「この方は、お前が触れていい人じゃない」


 背の高い青年だった。

 といっても、私たちを囲んでいる下品な男たちとは全く雰囲気が違う。すらりと手足が長くて、均整のとれた体付きは鍛えられた騎士を思わせる。

 髪はきらきらと輝く銀。

 こちらに背を向けているから、顔はわからなかった。

 でも。

 今聞こえたあの声は。


「なんだお前?」

「どこからっ……!」

「ごたくはいい、全員失せろ」

「は?」


 突然入った邪魔に、男たちが鼻白む。

 狩りに横やりを入れられたのだから、当然の反応だ。


「お前こそ失せろよ!」

「状況わかってんのか、五対一だぞ」

「ハ……お前ら程度。ザコが何人集まったところで、敵にもならん」

「なんだとぉ?!」


 青年の挑発にあおられて、ひとりが殴りかかってきた。

 しかし、青年は軽々と攻撃をかわし、その腕を掴む。


「あ、お……?」

「遅い」


 バシ、と音がして、腕を掴まれていた男が崩れ落ちた。

 速くてよく見えなかったけど、多分アゴに一撃いれたんだと思う。


「てめぇ!」


 残っていた男たちが一斉にとびかかってきた。しかし彼はそれらをことごとくかわし、反撃する。

 それだけじゃない。


「触れるな」


 何をどう察知したのか、彼は突然私たちを引き寄せて身を翻すと、ノールックで背後に蹴りを繰り出した。後ろから男たちのひとりが忍び寄ってきていたらしい。

 容赦ない一撃をくらった男は壁に激突して、そのまま動かなくなる。

 あっという間だった。

 私たちが呆然と青年の後ろに立ち尽くしている間に、彼は男たちを全員地面に転がしてしまう。まだ意識のある男もいるみたいだったけど、全員戦闘不能なのは明らかだった。


「コレット様、お怪我はありませんか」


 青年がこちらを振り向く。

 その姿を見て、私は思わず息をのんでしまった。

 だって。

 彼はとんでもない美青年だったから。

 私が花邑紫苑として生きた二十年、加えてコレットとして生きた十七年、合計三十七年の人生を合わせてみても、こんなにキレイな男の人は見たことがない。

 髪はさらりとした長い銀。

 切れ長の瞳は透き通るようなアイスブルー。

 彫りの深い顔だちは、計算されつくした美術品のように整っている。

 銀と蒼の色彩もあいまって、透き通った氷の彫刻のような美しさだ。


「コレット様? やはりどこかお加減が」


 ひら、と青年が私の目の前で手を振る。

 イケメンは手までイケメンなんだな。

 生きた国宝ってこういうことを言うのか。

 ……いや、そういうことじゃなくて。


「あ……ありがとう。少し腕を引っ張られただけだから、大丈……」

「よかった……間に合った」


 氷のような美貌が柔らかくゆるんだ、かと思った瞬間、暖かな腕に包み込まれていた。彼が私の体をぎゅうっと抱きしめてきたのだ。

 待って待って待って。

 この状況、私にどうしろと。

 前世では弟分の育児にかかりきり、現世ではお姫様として異性との接触が制限されてきた私に、男の人にハグされた経験はない。

 せっかく肉体的な危機が去ったのに、今度は精神的な衝撃が心臓にダイレクトアタックしかけてきてるんですがぁー!


「今度は、あなたをお守りすることができた」


 ……とはいえ、彼がそんな行動に出てしまった理由もわかるので、抵抗できなかった。

 ついさっき、蹴られて吹っ飛んでいったところだもんね。


「ここに留まっていては危険です。移動しましょう」


 青年は私から体を離すと、エスコートするように手を差し出してきた。

 私はその手に自分の手を重ねた。

 不審とは思わなかった。

 彼は私の味方だ。

 間違いなく。


「なあ……あんた、その声……ディーか?」


 私の確信をルカが代弁した。

 青年が苦笑する。


「もちろん、私はコレット様の使徒、ディートリヒですよ」


 美青年は私たちの聞きなれたバリトンイケボで、名前を告げた。


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