避難所
「あれ? 普通だ……」
小屋の中に入った私たちは、思わず辺りを見回してしまった。外観は明らかにボロボロで、長く放置されているように見えたのに、室内に荒れたところはなかった。
天井も床もきちんと掃除されていて、蜘蛛の巣どころか埃ひとつないし、雨漏りだってしていない。棚に収められた箱には、硬く焼いたパンや干し肉などの保存食が入っていた。これも、カビたり腐ったりしてない。
「どうなってるの、これ?」
ディーはぶるりと体をふるわせ、毛皮にまとわりついた水滴を落としてから、おすわりポーズで答えてくれる。
「私たちが通ってきたのは、王家の脱出路ですからね。この小屋は逃げてきた王族が一旦、身を隠すために用意されていたようです」
「外側がボロボロになってたのは、カモフラージュ?」
「有事の際には、すぐ傍の神殿から神官がやってきて、王族を保護したり街の外に逃がす算段になっていたのでしょう。ここに置かれている物資も、彼らに持たせるために維持管理されていたと思われます」
「単に道を用意するだけじゃなく、その先の避難計画まで考えてあったのね」
それを聞いて、ルカがぎょっとした顔になった。
「それ、マズいだろ。雨が降ってきたとはいえ、城はまだ燃えてる。通路を使って王族が逃げてきてないか、神官が確認しにくるんじゃないのか」
城の火災は一大事だ。
逃げ場を失った王族が、秘密の通路を使う可能性は十分ある。
「その心配はありませんよ~」
ひょこ、と小屋の壁を無視して運命の女神が顔を出した。
「あちらの神殿の中には、もう誰もいませんから」
のんびりとした報告に、私は目を丸くしてしまう。
「なんだって?」
「神殿の中に人はいないって、女神が」
「おかしくねえか? 小屋がこれだけ手入れされてるのに、肝心の王族を助ける人間が神殿にいないとか、理屈にあわねえ」
「いいえ、さほど不思議な話ではありませんよ。むしろ当然の結果です」
ディーがぴこっと耳を揺らした。
「なぜなら、この神殿に祀られているのは、運命の女神だったのですから」
「うん?」
いまいちぴんときていないらしい、ルカが首をかしげた。私も一緒になって首をかしげる。
王家の緊急避難と、神殿の神様がどう関係してくるというのか。
「ここの神殿に詰めていた神官の主はイースタンではなく、運命の女神なのですよ」
「ええと……それが、何か?」
まだちょっとわからない。
見かねたディーが、ふうと大仰にため息をついた。
「コレット様、ご自分の結婚式を思い出してください。アクセル王子はあなたとの婚約を破棄しただけでなく、運命の女神が祀られる祭壇の前で神を侮辱し、止めに入った神官を斬殺しています」
うるさい、の一言で斬り捨てられた神官の姿が脳裏に蘇る。
そういえばそうだった。
彼は婚約を破棄しただけではない。城内の神殿を血で穢していたのだ。
「神への冒涜行為は敬虔な神官ほど受け入れられません。結婚式の場で神官が殺されたと聞いた彼らは、有事には王族保護に協力する、というイースタン王室との約定を破棄して、出て行ったのでしょう」
「もしかして……アクセル王子は先祖たちが維持してきたセーフティネットを、自分でなくしてしまった……?」
自分のことだけでいっぱいいっぱいだったから気づかなかったけど、私の婚約破棄騒動は宗教的な意味でもおおごとだったらしい。
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