宗教弾圧

「いなくなった連中はどこに行ったんだろうな?」


 改めて荷物を整理しながら、ルカが神殿の建っている方向に目をやる。それは私も気になった。


「おそらく、ファトム教主国でしょう。地域の神官は地元の神学校で学んで、その職につくものですが、形式上は全員教主国の大神殿から派遣されていることになっていますので」

「保護を求めるなら、まずはファトム教主国ってわけかあ。詳しいね、ディー」

「……私の素体を誰だと思ってるんです。あなたの結婚式で斬殺された神官ですよ。当然彼の記憶も受け継いでいます」

「あんた、そんな出自だったんだ?」


 ルカは幽霊でも見るような目をディーに向ける。

 かわいいユキヒョウの姿だから、すっかり忘れてた。

 ディーの元は成人男性だったんだった。


「婚約破棄の影響が出ているのは、この神殿だけではないでしょう。イースタン国内の神官の多くは今頃、国外脱出を検討していると思います」

「ええ?! それはおおごとすぎない……? たしかに、アクセルのやったことはやばいけど、神官全員が出ていっちゃうほどのことでは……」


 神殿は、三権分立で政治から切り離された現代日本の寺や神社とは立場が違う。その多くは、各地方の冠婚葬祭を取り仕切り、領主と協力して弱者救済を行う福祉機関だ。

 福祉施設がなくなった農村がその後どうなるのか。

 考えただけでも恐ろしい。


「本人たちもそうしたくはないでしょうけどね、己の身を守るためです」


 ディーは、またぶるっと体をふるわせた。毛皮に水滴が残っていたらしい。


「アクセル王子は、アギトの姫エメルとの結婚を宣言しました。異教徒との婚姻は、事実上の改宗宣言です。次期王が異神に下ったのなら、国そのものも近いうちに改宗することになるでしょう。その次に始まるのは、運命の女神への宗教弾圧です」

「単なる異教ならともかく……アギト国が信奉する神様は、運命の女神を邪神だって、名指しで批難してるからね……」


 運命の女神とアギトの邪神は共存できない。

 次に殺される神官は自分かもしれない。

 弾圧を恐れた彼らが国外に脱出を考えるのは、当然の話だ。


「ですが、国外脱出を図る者が多いのは、私たちにとっても好都合です。それだけ、移動する人の間にまぎれることができる」

「俺たちは城を出て終わりじゃねえもんな」


 私たちの目的地はサウスティだ。

 王国の騎士たちに保護されてやっと、助かったと言える。


「移動は夜が明けてからとして、目立たねえよう身なりを変えておこうぜ」

「そうだね。雨が降ってる間は動けないし、時間のあるうちに準備しよう」


 すでに、カバンの中に変装の材料はそろっている。

 お姫さまらしい姿では、すぐに見つかってしまうだろうから、と地味な服ばかり選んで持たせてくれたイーリスに感謝だ。


「あー……でも」


 ふと、ルカの視線が私に向けられて止まった。

 ディーの視線も私に向けられる。


「なに?」

「コレットを地味にするのって、無理じゃね?」


 なんでよ!


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