難易度補正

 のんきに笑っている女神に向かって、私は悲鳴をあげた。


「チュートリアルイベントで、すでに死亡フラグがゴロゴロ転がってるようなゲーム、クリアできるかっ!」

「そんなにありました?」

「あったよ!」


 特にアクセルへの反論と、手紙の文面!

 現在のイースタンでは、アクセル王子とエメル姫が絶対の権力者だ。彼らの怒りに触れれば、即バッドエンド直行である。選択肢を覚えていたからいいものの、忘れてウカツな行動をとっていたら、その時点で死んでいた。


「ええええ……本当にコレットとして生きるしかないの? こんな死亡フラグだらけの世界で?」


 今の私にとって、この世界はゲームじゃない。現実だ。

 直前のシーンまで巻き戻る便利なセーブ&リロード機能なんてない。

 ルート分岐マップもない。

 選択肢をひとつでも間違えたら、即デッドエンド。

 ただただ非情な死を受け入れる他ない。

 ゲームはゲームでも、罰ゲームだろ、この転生。


「やっぱり、難易度に問題アリ、ですかあ」

「やっぱりってなに、やっぱりって!」


 問題あるってわかってて、転生させるな。


「実はこの世界のシミュレーションゲームって、雪那せつなくんが初めて作ったいわゆる『処女作』なんですよ。世界全体の運用テスト回数も極端に少なくて、幸福に導くためのチューニングが不十分なんですよね」

「ええっと……? つまり?」

「テストプレイもデバッグも進んでないんです。だから女神の私も大団円ルートは確認できてません」


 だからなぜそんな世界に転生させたし。


「でもご安心ください! あなたの世界救済をサポートする、お助けキャラを用意しました!」

「お助け……キャラ?」

「ほらよくいるじゃないですか! ゲーム開始と同時に登場して、遊び方とか攻略方法とかを教えてくれるキャラですよ」

「チュートリアルにでてくるアレかな……」


 ゲームに説明書がつかなくなった昨今、その替わりにプレイヤーのそばで逐一ヘルプテキストを語ってくれるサポート役だ。そのまま相棒役になることも多い。


「あなたの結婚式の場で、アクセル王子に切り殺された神官がいたでしょう。彼の体を使って、新たな命を作っておきました」

「ヒェッ?!」


 女神がとんでもないことを言い出したので、私は思わず声をあげてしまった。

 それって、遺体を再利用したってこと?

 いくら女神でもやっていいことと、悪いことがあるのではないだろうか。


「わわ、悪いことなんてしてませんよ! 彼は、運命の女神を支持した結果命を落としました。つまり殉教です! 女神に命をささげた恩寵として、加護を与えられるのは、神官にとって最高の栄誉なんですよ。魂は輪廻の輪に旅立つことになりましたが、そのぶん思いっきり祝福を与えておきましたから!」

「ええと……神官にとってはご褒美だから、おっけー……ってこと、なの、かな?」

「ですです!」


 いいのかな?

 本人が納得しているのなら、いいのか?

 女神を信奉するサウスティ王国のコレットとしては納得できるけど、無宗教な現代日本人花邑紫苑としては微妙にしっくりこない。


「こちらが、あらかじめご用意したお助けキャラになります!」


 料理番組のようなノリで、女神は私の目の前に何かを出現させた。


「わあ……」


 それを見て私は思わず声をあげてしまった。

 元が神官の遺体と聞いて身構えてたけど、出現したのは人じゃなかった。ちょうど子供が抱っこしやすいぬいぐるみサイズの子猫だ。

 体を覆うふわふわの毛並みは主に白。全身にグレーの水玉模様で、一部はわっかのような丸い模様になっている。まんまるの大きな目は、透き通るようなアイスブルーだ。

 かわいい。

 めちゃくちゃかわいい。

 ちょっと耳が小さめで丸いのも、体に対して手足が大きくてアンバランスなのも、太いしっぽも、全部がかわいい。

 前世では雪那せつなのお世話で忙しくて、動物を飼う余裕はなかったんだよね。現世でも、お城で飼ってるのは猟犬とか軍馬とかばっかりで、愛玩用の動物っていなかったし。


「あれ?」


 子猫のあまりのかわいさに言葉を失っている私の隣で、女神が首をかしげた。彼女が子猫に顔を近づけた瞬間。


「この駄女神がっ!」


 子猫はバリトンイケボで叫びながら、強烈なねこぱんちを女神にくらわせた。

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