どうしてこうなった

 婚約破棄のショックで、前世を思い出しました。


 目を覚ますと同時に頭に浮かんだフレーズに、私は顔をしかめた。

 異世界転生もののラノベではよくある展開だ。頭を打ったとか、適当なショックで、今まで封印されていた記憶がよみがえり、新しい自分になったことを自覚する。

 だいたいはそういう展開なのだが。


「なんでこんな所に転生してんの、私」


 最初に口からこぼれた言葉はそれだった。


「意味がわからない……」


 私はむくりと体を起こして、周囲を見回した。

 整えられたインテリアに、ふかふかのベッド。貴人向けの客室のようだけど、窓には頑丈そうな鉄格子がはめられ、室内に衝立つきの洗面所とトイレが設置されている。

 いわゆる、監禁部屋というやつだ。

 私は、おそるおそるサイドテーブルに手を伸ばした。そこには、よく手入れされた手鏡がある。中を覗き込んでみると、『前世の私』とは似ても似つかない、美少女の姿があった。濃いまつ毛に縁どられた大きな瞳は澄んだエメラルドグリーン。豊かな髪は、赤みがかった豪華なストロベリーブロンドだ。

 この顔には見覚えがある。


雪那せつなが作ってたゲームのヒロイン、コレットだよね?」

「ぴんぽんぴんぽん、だいせいかーい!」


 場違いに能天気な声が、部屋に響き渡った。


「ええ?!」


 思わず声のした方向を振り向くと、そこにはファンタジー世界にはそぐわない、パーカーにデニムパンツの女性がいた。

 あまりに異質すぎて、背景の素朴な中世ヨーロッパ風家具から、完全に浮いている。

 彼女の姿には見覚えがあった。


「あなた……メイ……? 雪那のイトコだった」

「それは世を忍ぶ仮の姿! 実はこの世界を守護する運命の女神だったのです!」


 茫然とする私の目の前で、一瞬メイの輪郭がほどける。そして次の瞬間には、女神としか言いようのない神々しい姿の女性が現れていた。


「これが本来の私の姿でーす。どう? それっぽいでしょ?」

「えええ……なんで女神が、雪那のイトコに……?」

「それは暗示ですね。周りのあなたがたに不審がられず、雪那くんと交流をもつために、適当な関係を刷り込ませていただきました」

「あ……そう、そうだよ! 父親以外に雪那を養育できる親族がいないから、お隣の私たちがあの子の面倒を見てたのに。それでイトコなんて近い親戚が出てくるわけないじゃない!」


 なぜ今まで気づかなかったのか。


「どうしてそんな存在が、雪那のところに……?」

「それはゲームを作ってもらうためですねえ」

「ゲーム?」

「私は神として、世界を幸福に導く役割を担っています。それは存在そのものに刻まれた使命なのですが……私にはそのあたりをうまく運ぶ才能がないようで。何をどうやっても世界が滅ぶんですよ」

「えー?」


 存在意義なのに?


「私もそれでいいとは思ってませんよ? だから、女神が力を貸したら何が起きるか、直接干渉する前に徹底的にシミュレーションするシステムを作ることにしたのです」

「それが、雪那の作ってたゲーム?」

「はい。……私の力では、シミュレーションシステム製作そのものが、世界の滅びにつながりかねかったので」

「それでもやっぱりおかしくない? どうして雪那なの」

「彼ほどの適任はいません」


 女神はにこりと笑った。


「雪那くんは、92歳であの世界を去るまでの間に、約100件ものシミュレーションシステムを開発。それらのおかげで、1000以上の世界が救われました」

「マジものの救世主じゃないの」


 世界救済シミュレーションゲームを開発とか、スケールが大きすぎて、ちょっとついていけない。確かに、あの子は頭がよかったけど。


「でも、これらのシステムは本来完成しないはずでした」

「え?」

「彼は、10歳の時にコンビニ強盗に襲われて、死ぬ運命にあったからです」


 コンビニ強盗、と聞いてはっとする。

 そうだ、転生したということは、つまり私は死んだということ。

 私が死んだ原因は。


「彼は隣の家に住む二十歳の女子大学生、花邑紫苑さんにかばわれて、奇跡的に生き残ることができました」

「あ……」

「救世主を救った紫苑さん。あなたもまた、救世主のひとりなのです」


 強盗からとっさにかばった男の子が、救世主になった。

 だから私も救世主。

 いまいちぴんとこない。

 女神は私の疑問なんか気にせず、得意満面で宣言した。


「そこで、世界を救ったあなたに、ご褒美として新たな生をプレゼントしたわけです!」

「なるほど……転生した経緯はわかった。でも、どうして転生先が『イデアの前奏曲プレリュード』なの?」


 システム自体が100近く、さらにゲーム化された世界が1000以上あるのなら、転生先は選び放題のはずだ。それなのになぜ、わざわざイデアの世界に来る羽目になったのか。


「そこは縁の問題ですねえ。私が紫苑さんの魂を運べるのは、本人がプレイしたことのあるシミュレーションゲームの世界だけなので」

「大人になった雪那がどれだけすごいゲームを作ってても、私が転生できるのは十歳の時に作ってたものだけ、ってこと?」

「さすが、理解が早くて助かります」


 私は頭を抱えてしまった。


「ご褒美、って言ってるけど……コレほぼ罰ゲームじゃない?」


 言ってはなんだが、イデアの前奏曲は完成度の低いクソゲーだ。

 ジャンルは一応乙女ゲーム。一応、と前置きがついてしまうのは、恋愛イベントの他に戦争イベントや陰謀イベントなど、殺伐としたイベントがこれでもかと山盛りになっているからだ。恋愛要素も楽しめる戦記シミュレーションもの、と言ったほうがいいかもしれない。

 ヒロインであるコレットは、邪神を倒し世界を平和に導く使命を持っている。しかし冒頭で理不尽に婚約破棄を言い渡されたあと、理不尽に幽閉され、理不尽に虐げられ、理不尽に命を脅かされる。元同盟国と戦争を始めた敵国のど真ん中にいることもあり、そこらじゅうに死亡フラグがばらまかれているのである。

 雪那が開発している横で、ゲームをテストプレイしてたけど、あれはひどかった。ちょっと目を離したら死ぬ。選択肢を間違えても死ぬ。何やっても死ぬ時は死ぬ。主人公があまりに理不尽に死にすぎるせいで、私は途中で攻略を放棄してしまっていた。アレが何をどうやったらハッピーエンドになるのか。まったく想像がつかない。

 転生したその日のうちに命を落とすとか、笑い話にもならないんだけど。


「そこは大丈夫です。私が……あ」


 突然、キラキラした女神の姿がかき消えた。代わりに、ドカドカと何者かの足音が近づいてくる。


「コレット、起きろ!」


 ドア越しに聞こえてきたのは、元婚約者アクセルの声だった。

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