第9話
「なっちゃん、宿題やった?」
「んー……」
テレビを見ながら、白米を口に詰め込んだ夏香に呆れたような母親。
「あんたはすぐそうやってサボるんだから。お母さん、また八木先生に怒られなきゃなのね」
夏香はそれを聞いて箸を置き、白米を飲み込んだ。
「ランファンって、なんなの」
母親は夏香の顔を覗き込む。
「なに、ラン……?」
「知らないならいい」
夏香は母親を睨んで、また箸を取った。
「次は、五年二組による、『ヘンゼルとグレーテル』です」
夏香は母親のスマートフォンで、あの日の映像を流した。
最初に登場したのは、紬と、カナ。
「ねえあなた。このままでは家族四人、共倒れですよ」
「そうだろうなあ……。でも、仕方がない」
カナは、夏香よりも役との相性が良かったのか、ものすごく違和感なく見れる。
紬も、自然な動きだ。
「ねえ、ここは思いきって、子供を手放してみてはどう?
子供たちの運命は……天の、神様に任せてさ……。」
「……なんだって!」
「しーっ! 子供たちが起きるよ……」
カナは舞台袖を覗き、まるで本当に子供がいるように見せた。
「だってさ。このままこうしていても、どうせ。どうせみんな飢え死にするに決まっているでしょう」
あたしもこのステージに立ちたかった。夏香はそう鼻を啜った。
夏香のお気に入りのシーン。グレーテルがヘンゼルを助けるシーン。
ヘンゼル役はナナ、グレーテル役はアカネ。どちらも女の子だけれど、二人の演技力によって、本物の兄妹に見える。
そして、魔女役は――夏香。
「グレーテル、何をしているんだね。早く火を炊きな」
紡がれたセリフには感情が籠っていなくて、場が凍るのが画面越しでもわかる。なんなら、少しの笑い声まで聞こえてくる。
「他のことはいいから、パンが焼けるかどうか、かまどの中へ入って火加減を見ておいで」
声も小さく、演技力の高いメンバーに入るには下手すぎる。
「……かまどには、どうやって入るのか。私には分からないわ!」
グレーテル役のアカネは、それをいいことにすごく綺麗な声でセリフを唱えた。
差が広がっていく。
「本当にお前は馬鹿だねえこうやって少し体をかがめりゃ誰だって入れるじゃないか」
緊張からか早口になっている。
グレーテルは魔女の背中を蹴る――練習では蹴るふりだったのに、本番は思いっきり蹴られた。
「う"っ……」
「兄さん、魔女はやっつけたわ――」
本当に酷い、この演技は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます