第10話

「…う、…ガッ、ハッ。はぁ、はぁ、はぁ…。…ここ、は?」


苦しみながら、一人の男がベッドから身体を起こす。

医務室のようなその場所には茶髪の女性が一人居るだけで他に人影はなかった。


「あ、お目覚めになられたのですね。良かった…。ここはスティールヤード本部です。あなたを保護させて頂きました。夢幻の切り札、最強の大アルカナの一角。《愚者》よ。」


フラッシュバックする記憶。突如として焼き払われた街。全く正体の分からぬ敵との戦闘。そして、その決着。


「…そうか、俺は…。心臓をぶち抜かれて、そしてあいつに…。じゃあ、なんで俺は生きて…?」


「それはわたくしの能力です。申し遅れました。わたくしはシャルロット・アトラス。《女教皇》の大アルカナの持ち主です。司る権能は『奇跡』。今回はわたくしの奇跡であなたを蘇生した形となります。」


「…そりゃ、すげぇな。どうもありがとう。シャルロットさん。ああ、俺の名前を言ってなかったか。俺は風間 類。どうぞよろしく。」


ポリポリと頭をかきながら呟くように言葉を紡ぐ男。

見知らぬ天井。遠くまで来てしまったことにどうしたものかなと考えたのも束の間、一つの疑問が浮かんでくる。


「そうだっ!仲間は…夢幻のみんなは、ここには来てないのか!?」


「…残念ながら、今回保護出来たのは貴方だけです。そして、貴方の仲間は恐らくはもう…」


「…そう、か。みんな…マスターも、アニキも、アネキも、みんな…。クソっ!ちくしょう…何が大アルカナだ。何のための力だ!!俺の居場所は、あそこだけだったってのに…。」


振り上げた拳をベッドに勢いよく振り下ろす。ダァン!と大きな音が響く。少し驚いたようにシャルロットは身体をのけ反らせる。


「ああいや、驚かせるつもりはなくってだな…。」


「分かっておりますとも。少し意外だっただけです。報告書にあった貴方は常に冷静沈着と評されていましたから。」


「…そんなに冷静な人間じゃないよ、俺は。」


吐き捨てるように言う類。本来の彼は報告書通り、冷静な人物であった。しかし、突然の襲撃で急に仲間を失った事が、彼の心を揺さぶっていた。


数十秒の静寂。その後、シャルロットが口を開く。


「…今、わたくしから提示できる選択肢は2つです。1つ目は穏やかな日常。スティールヤードの保護下で出来る限りの平穏な生活を約束しますわ。…そして、もう1つは、スティールヤード所属のエージェントとなり、貴方達を襲った未知の存在を撃滅する手伝いをしていただくと言う選択肢です。…どうなさいますか?」


「…そんなの、決まってる。あんた達に協力するよ。《愚者》の力、存分に使ってくれ。」


「そう言っていただけて嬉しいですわ。類さん、共に戦いましょう。」


そう言い、手を差し出すシャルロット。それに対し頷きながら手を握る類。


「ああ、俺の居場所を奪ったあいつを…『初風』を、追い詰めよう。必ずだ。」


◆◆◆◆


へーっくしゅん!ひーっくしゅん!ぶぇーっくしゅん!!

冷えてきたか、どこかで噂でもされてるのか、くしゃみが止まらねぇぜ。


「正義様。今会計も終わりました。ゆっくり帰るとしましょう。」


ランバンがそう言う。何を隠そう、勝利の祝杯的な感じで焼肉に来た帰りなのである。感想を言うなれば美味かった。対ありです。


賢人とエレジーも来ていたのだがランバンの奢りであることは確定していたので支払いを任せて2人は先に帰ってしまった。エレジーには特に何もないが賢人には聞きたいことがたくさんあったのだが、バイトだそうで仕方がなく放してやることにした。元よりランバンの考えではもう少し泳がせておくつもりだそうで、どのみちもうしばらくは問い詰める事も出来ない。


「…夏だと言うのに少し肌寒いですね。雨も降ってきそうです。」


「ああ、そうだな。」


「…少し、私の話をしても良いですか?」


「構わん。」


酒が回ってるのか、少し気分が良さそうにランバンがそう言う。ランバンの身の上話か。今まで無意識の内に少し距離を置こうとして居たから聞くこともなかったが、俺はランバンの今しか知らない。過去何があってこんな邪教のトップを務めているのか、興味がないと言えば嘘になる。


「ありがとうございます。…私は元々、高名な聖職者の家系に生まれました。優しい姉と両親にも恵まれ、まっすぐに育ちました。しかし、中学生の頃、見たのです…悪質ないじめを。私はそれに介入しました。愚かにも人と人は分かりあえると信じていたからです。両親にも、人はそれが出来る素晴らしい生命だと、そう教えられました。けれど、結局分かりあうことは出来なかった。いじめは止まらず、その末に命を絶ってしまった人がいた。そして、私は気付いたのです。人と人は、分かりあえない。愚かな浄化が必要な生命であることを。私は異教の神を信仰するのをやめ、今の浄化教を知り、そこに通いつめるようになりました。そこで先代の《戦車》の大アルカナを持つ者から教えを受け、今信じている神の存在を知り、熱心に信仰を続けて《戦車》の継承権を得た。そこから家族と縁を切り、《正義》の大アルカナを持つ者が現れるのを待ち、そして貴方が来てくれた。

本来なら大アルカナは持ち主を殺害した者に継承される。しかし一部の大アルカナは違う。その中でも《正義》は主神が覚醒し、誰かと共鳴した時にしか授かることの出来ないもの。正直私の代で現れてくれるかどうかも分からなかった。けれど、来てくれた。私と貴方は巡りあうことが出来た。それがたまらなく嬉しいのです。だから、その、なんと言いますか。


ありがとうございます。正義様。」


頬を赤らめながらそう言うランバン。乙女ゲーのヒロインか?

それにしても長いな~ッ!!予想の数倍の量で殴りかかってきやがった。


「…そう、か。それならば、良かった。」


ちょっと引き気味に言ってしまったが、それも仕方ないだろう。だって超長文でまくし立てて来たんだからあっちが悪いと思います、まる。

そんなこんなで帰路に着く。焼肉の帰りと言うのはこんなにも気分が良いのか。なんて考えながら歩いていると後ろから声をかけられる。


「…お兄ちゃん?」


「…その声は、円香か?」


そこにいたのは、弓華の一件以来会えていなかった妹だった。

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中二病がカッコつけてたら世界の敵になってしまった とらんざむせっちゃん @TRANS-AM-SETTYAN

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