第9話

《愚者》と相対する俺。黒いコートを羽織りマフラーを靡かせるヤツの右手には一振のロングソードが握られている。対する俺の格好は左胸に初風と刻まれたジャージに腕と熔けて張り付いたかのような拳銃一丁。ヤツが非日常の象徴に見えてならんが俺も十分そっち側になってしまった事にいくらかの後悔と漠然とした不安感を感じる。


そんな事を考える余裕があるのはひとえに俺の絶対的有利なこの状況にある。ヤツの能力『反射』は俺の銀の弾丸の前には通用せず、ロングソードによる攻撃では俺を死滅させられるような、蒸発させるような瞬間火力は出せない。ならば再生で何度でもコイツに立ち向かうことが出来る。その過程で弾丸を当てれば良いだけ。


うーん、地味強って感じかと思ってたけど俺の能力も相当ヤってるな?タイマンだとほぼ負け無しのこの能力、実戦で運用するのは初めてだがぶっちゃけ負けるビジョンが見えない。勝ったなガハハってヤツ?余裕を持って挑んだとしても勝てる未来しか見えない。


「…お前が、やったのか?」


そんな事を考えていると、《愚者》がそう口を開く。


「…お前が、俺たちの街を。仲間を。マスターを…。壊して、何の得が有ったって言うんだ!お前のせいで俺たちはもう滅茶苦茶だよ!どうしてくれるんだよ。俺たちには夢幻しか、ここしか居場所がなかったって言うのによ!!」


「…それは。」


若者らしく激情に身を任せるように慟哭する《愚者》。クソ邪教の事情で踏みにじられるのはかわいそうだが、こっちも他者の事情など知ったことか、としか言いようが無い。だが、そんな返事を求めているわけではないだろう。


と言うか対話が成り立つとは思っていなかった。もっとこの業界にはバーサーカーみたいなヤツしか居ないと思っていたんだが、意外と理性的なヤツも残っていたらしい。まあこれから殺し合いになるんだけどな!!!!クソがやってられっか。俺はコイツの言う通り他者を殺して、積み上げてきたであろう財産を壊してまでなにがしたいんだ?


弓華を殺して。クソ邪教に連れられて。燃料基地を襲撃する時の駒にされて。友人もクソ邪教の一員になって。そして今、明確に他者を踏みにじりなにも見えない真っ暗なその先へと進もうとしている。


ここがターニングポイントってヤツなんじゃないのか?

誰かを傷付ける楽な道に進むか、クソ邪教に狙われながらでもそれ以外を傷付けない棘の道を行くか。

その二択なら、俺は───────



──楽な道に行きたい。もう苦しみたくない。俺は、俺は、初風正義が例え薄汚れた《正義》の道に落ちたとしても、もうこれ以上苦しむことのない楽な世界に住んでいたい。


だから俺は、そのためにコイツを殺す。


初めてハッキリとした決意のもと人を殺す。弓華の時とも、燃料基地のときとも違う。他者を踏みにじりその上に立っていたいがために、自己保身のためだけに。


…嫌になってくる。自分の浅はかさと愚かさに。けど、それでも、俺はもう決めたんだ。


「…それは、お前の知ることではない。審判を下すのは俺だが、それを知る権利はない。これより、《正義》の名の元に貴様を始末させてもらう。俺の明日のために。」


「《正義》だと…?ふん、下らんな。お前のそれが正義であるものか。良くて偽善だ。」


ロングソードを構える《愚者》。それと同時に右手に握りしめた銃に祈りを込めて銀の弾丸を打ち出す。

ヤツの肉体も大アルカナで強化されているのであろう。ヤツは初弾は綺麗に避け、その流れのまま大地を踏み込み突進。接近してくる。対して俺のとる行動はバックステップ。そして聖銃を乱射する。下手な鉄砲もなんとやら。空中で身動きのとれない相手であれば数発は当たるかと思い放った銃弾は、ヤツが空中で体を器用に捻ることで回避される。


クソッタレ、銃弾を見切って回避するとか人間の限界を越えた動きをするんじゃないよ。あーあ、俺にも近接武器の一振でもあれば決着は遥かに早くつくと思うんだが。どうですかね《正義》さん?なんて考えていても現状は変わらなかった。相変わらずこの拳銃一丁で立ち向かっていかなくてはならないらしい。


完全に間合いを詰めきられ、振り下ろされる剣を聖銃で受け止める。そのままヤツの腕を掴みにかかろうとするが逆に足払いをされ地面に叩きつけられる。


逆手に構えた剣を突き刺そうとしてきたので大慌てで横に転がりながら避ける。いかに再生能力があると言ってもジャージは治らないのでなるべくダメージは避けていきたい。


立ち上がり聖銃を構えて放つ。しかしこれも反応され避けられる。


命中さえしてしまえば有利にはなるんだがどうしたものかな。これだけ相性差があって負けるとは考えられないが万が一と言うのもある。なるべく早めに決着をつけたいところではあるんだが。


聖銃をヤツに向けて放つ。避けられる。接近されて、斬りかかられるのをギリギリでかわし、距離をとる。それの繰り返し。まるで千日手だ。お互いに攻め手に欠けている。


機動性能はヤツの方が上。聖銃も基本的には当たらないだろう。ならば俺のとるべき手段は一つだけ。零距離射撃。それしかあるまい。とは言え、成功するかは五分五分と言ったところだろうか。


引き気味で戦っていた状態から一転、前に飛び込む。意外だったのか、ヤツの動きが一瞬鈍る。その瞬間に聖銃をヤツの左胸に当て、銀の弾丸をぶちこむ。一発だけではない。二発、三発、四発、五発。ヤツが絶命するまで叩き込み続ける。


「…ァ、ガッ…!クソッタレ、ここまでか…。」


やがて、そう呟き口から血を吐き出す《愚者》。しゃあ!勝った!!俺の勝ちだ!!内心ではそう喜ぶが表には出さない。これが俺の第一歩。ここからより多くを踏みにじりクソ邪教と共に歩んで行くことになるんだなぁ。だなんて、そう考えていると目の前の空間がぐにゃりと歪む。


「《愚者》は死なせるわけにはいかんのでな。スティールヤードが回収させてもらうよ。

運命をねじ曲げろ。愚かな男は宙を漂い、星を見上げる。理を歪曲し、あるべき定めを否定する。さあ、証明を始めよう。我が名は《─────》。」


そう低い声が響き目の前に倒れていた筈の《愚者》の姿が消え失せる。スティールヤードの介入があるとは思っていなかった。この戦いの情報がどこかから漏れていたと言う事だろうか。やはり賢人か?

いや、今はそれを探る時間じゃあないな。一先ず再びランバンと合流しなければ。

身を翻し、ランバンの元へ戻るために歩を進めた。


◆◆◆◆


「正義様、お疲れ様です。《愚者》はどうなりました?」


「スティールヤードに回収された。追うのは難しいだろう。」


「…そうですか。まあ仕方がないですね。奴らの介入があるとは踏んでいました。一先ずは愚者を一度退けただけでも良しとしましょうか。

では、今よりこの都市を完全に破壊します。夢幻にはこの盤上から完全に退いて貰わねばなりませんからね。エレジーも単独で撤退していますので上空からさっさと薙ぎ払ってしまいます。異論はありますか?」


「特には。お前に任せよう。」


分かりました、と言いロケットブースターで飛び立つランバンを見送りながら今後について考える。


しばらくはこのクソ邪教に身を寄せる事にはなるだろう。それはもう仕方がないと割り切る事にする。

問題はそのあとだ。クソ邪教に残るのか、それとも離反してどこか別の組織につくのか。目下、最も強いのはスティールヤードだろう。治安維持機構を名乗るだけあって強力だ。そしてこんな辺境での争いにまで介入できる目まで持っていると来た。ウチにも一人裏切り者らしきヤツも居る。そっちにつくのが一番理想的ではあるだろう。勝ち馬に乗れそうである。

とは言え浄化教の戦力もなかなかにある。俺一人が離反したところでコイツらは止まらないだろう。

うーん、時間的にも精神的にも考える余裕が欲しいな。この短期間でゴタゴタが多すぎた。一学生に過ぎなかったヤツが人殺しに堕ちて教団に担ぎ上げられる神輿として動くなんて、やっぱつれぇよ。


そんなこんなしている内に上空からの砲撃が始まった。街が吹き飛んでいく。燃えていく。

なるほど、これが浄化、ってことか。不浄なる物を無に還す。人であれ物であれ、不浄と判断したらこの世界に生まれたどんなものであれ、もしくは世界そのものでさえ浄めるために壊して消す。それがこの邪教の理念なのだろう。全くもって迷惑な話である。


その後、数分もしない内に上空からの砲撃で街のほとんどが吹き飛んでしまった。流石対国家想定の能力、と言ったところだろうか。破壊することにおいては強力無比。ホント、理不尽な浄化に必要な人材だよお前は。なんて考えながら、空から降りてきたランバンに近寄る。


「初めてでもなかったので手早く済ませられました。今回の作戦行動はこれにて終了となります。まあ、帰るまでが遠足、なんて言葉もあることですし気を抜かずに帰るとしましょう。勿論、帰ったら焼肉ですよ。良い店を知ってるんですよ、楽しみにしておいてくださいね。無論、私の奢りです。心配しないでください。」


焼肉に心踊らせている分にはただの善良な一般人にしか見えないんだけどな、コイツ。


「…ああ、分かった。楽しみにしておこう。」


これは偽らざる俺の本心だ。三大欲求ってのは馬鹿に出来ないほど重要だ。欲を大切にしよう。ってのは俺の信条で、わりかし不自由な人生を送ってきた身としては遊んだりして暮らせるライフスタイルってのは憧れの対象でもある。そんな人生を送らせてくれるのであれば浄化教も悪くはない。

どのみち落ちぶれた身なんだ。どこまで行こうが、この際関係ないだろう。


まずは焼肉。その前にまた意識が飛ぶであろう空の旅が待っているが、焼肉の前であれば許せる気がしてきた。不思議なものである。


さーて。今後もせいぜい下働きとして頑張らせてもらおうかね。

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