第2話
あの一件があり、俺は浄化教の一員──本人曰く、名前は
人払いは済ませているようで、誰もいない聖堂に一人で待機していろと言われている。
ようやく一人になれたので、一度整理を始めるとしよう。
先ずは何の意味もないと考えていた詠唱。
──主よ、どうかこの手に力を。我が身に寵愛を。そして、我らの世界に救済を。我が冠する名は
主の代行者。この世に顕現せし主の欠片の持ち主。世界に刃向かうもの。
契約をここに。どうか主の憐憫を、情愛を、祝福を我が身に──
この詠唱で何が発動し、俺の右手はこの拳銃と同一化し、それで弓華を──ダメだ。殺した事実が常に俺の周りにつきまとう。一度忘れるしかないが、そう簡単に忘れられるような出来事でもないだろう。辛いし、怖いし、なによりもそれをしてしまえば俺は俺を許せなくなる。
許される気はない。どうやら世界の敵らしいから、落ちるところまでは落ちるのだろう。だけど、そうだとしても、俺は俺の信条には背きたくない。カッコよく、何よりも気高く生きてやるんだ。生き抜いてやるんだ、このろくでもない世界を。
思考を切り替えよう。多分だがこの詠唱の全てが偶然全て当たってしまっていた、と言うのが俺の現状。流石に運が無さすぎるが、俺の人生は基本的にそんなものだからもう諦めるしかないのだろう。
そしてそれから推察するに、上位存在から寵愛を受け、それの代行者として上位存在の一部を貸し与えられ、それにプラスで憐憫、情愛、祝福を与えられている…うーん、イマイチ分からない。貸し与えられている一部と言うのはほぼ間違いなく右手の拳銃だろう。銀の弾丸を放てる俺の唯一の武器。それと増強されていた身体能力。これが寵愛か祝福の内容と言うことであろう。
ほんで、上位存在と契約を結んじまったようだから、何らかの代償は持ってかれてそうな気がするんだよな。うーん、それに関しては見当もつかない。引っ掛かる点としてはやはり上位存在が言っていた『地上の浄化』。ここも浄化教なんて言うくらいだし、何かは知ってそうだが…まあここもおいおい考えていくとしよう。
まずやるべきことは目先のことなんだろうな。今の俺には情報を整理しておく精神的余裕はない。
人殺しか、俺も。その事実だけが深々と胸に突き刺さっている。ここからどうすればよいのだろうか、逃げ出してやろうかなんて浅はかな考えばかりが浮かんでは消えてゆく。
「お待たせしました。」
そう徒に時間を浪費していたところ、神父服を着た茶髪の青年が俺の前に現れた。
「私の名はランバン・アトラス。浄化教の現トップにして大アルカナ 《戦車》の持ち主。よろしくお願いしますよ、《正義》。」
そう言って手を差し出してくるランバン。それを握り返すこと無く応じる。
「…初風正義。高校一年生だ。…アルカナがどうだか知らんが、よろしく頼む。」
苦笑いしながら手を引くランバン。その流れのまま少し離れ口を開く。
「では、本題から入りましょう。あなたは均衡維持組織、
私のアルカナ、《戦車》も先代のトップから受け継いだものでして、能力はまだ伏せておきますが仮にも大アルカナの一角、強力であることは保証しましょう。そうですね、大アルカナに覚醒したばかりの1人くらいなら余裕をもって始末できるくらいには。
さて、ここで交渉です。我々と共に来ていただけませんか?もちろん悪いようにはしません。あなたはいわば主神の代行者だ。無下に扱うことはしません。どうです?」
遠回しな脅しをありがとう、と心の中で呟く。意味の分からない言葉が多過ぎて訳が分からないが、要は共に来い。でなければ始末させてもらうと言ったところか。全く、分かりやすいな。初めから選択肢など無かったと言うわけだ。嵌められたとは思わないし、今の俺にヤツの手を取る以外の手段はとれない。
「…良いだろう。協力してやる。その代わり、3つほど俺の質問に答えろ。先ず、スティールヤードとは何か。」
「お答えしましょう。均衡維持組織、別名スティールヤードとは名前の通り世界の均衡を維持する組織です。世界が滅ぶような事柄に事前に対処し続け、人類と言う種の存続のために活動する組織ですね。大アルカナの《魔術師》、《女教皇》、《皇帝》、《吊られた男》、《星》が所属しています。その中でも《星》は他の大アルカナに比べても圧倒的な力を秘めています。完全覚醒した《正義》には及びませんが、それでもジャイアントキリングを成せるくらいのポテンシャルを持っていますので、くれぐれもご注意を。
また、小アルカナを与えられた下級の構成員も多く存在しており、打てる手が多いのも特徴ですね。あなたも体験したでしょう?あなたが襲われたあの日、確か北上 弓華でしたか?彼女もまた小アルカナを宿す組織の一員だったのですよ。」
キナ臭い組織がまた出てきたな?思ったより闇が深いぞこの世界。知らん間に友人から命を狙われることもあるなんて思ってもいなかったが、そう言うことだったのか。たまたま俺のもとに組織の構成員がいたわけではなく、狙って遣わされていたと、そう言うわけか。だから彼女は──。…より胸糞悪くなってきたから一度ここで思考は打ち切る。
「2つ目だ、浄化教の戦力はどれくらいだ?スティールヤードに刃向かえるくらいにはあるのか?」
「私の《戦車》、花音の《隠者》、エレジーの《塔》の3つに、あなたの《正義》を加えた4つの大アルカナを保有してるのが此方側ですね。向こうより人員も少なく、小アルカナ持ちも少ないので戦力は向こうの方が多いですが、我々は《正義》がこちら側に居ればポテンシャルが強化される秘密道具がありますので、単独性能で見ればこちらの方が上かと。」
なるほど、《正義》──主神が味方に付いていればバフがかかると。そりゃどうしても俺を引き込みたくなるわけだ。んで大アルカナとやらは俺含めて4つ。保有戦力は間違いなくスティールヤードの方が多い。さて、どうしたものかな。
まあ良い、今考えることじゃない。次へと移ろう。
「最後だ。俺は何をすれば良い?」
「決まっているでしょう。我々と共に、地上の浄化を始めるのです。選ばれし高潔な魂のみを保管し、それ以外を全て取り除くことでこの地上に平穏をもたらすのですよ!」
ああ──邪教だなこれ。終わったわ。せめて普通の宗教団体に保護されたかったなぁ。脱走しようとしてもバレることは確実だし、俺は今後このろくでなしの邪教と運命共同体になったわけだ。はー、泣きそう。でも中二病ポーカーフェイスが崩れてないから悟られることはない筈だ。うし、この辺で切り上げて睡眠をとらせてほしいんだがどうなんだろうか。
「…なるほど。おおよそ理解した。俺は今後お前の指示で動く。それまでは休ませてもらう。部屋はあるのか?」
「ええ、用意していますとも。花音、案内して差し上げなさい。」
「…了解。」
例の《隠者》を宿す花音が目の前に突然現れる。ビックリするからマジでやめてほしい。
「では、着いてきてください。」
そう言って振り返り奥の扉を目指して歩き始める彼女に着いていく。彼女が扉に手をかざすと、古ぼけた木製のドアがギギギと音をたてながら開く。地下通路へ続く階段がお見えになった。へーすっごい。謎にハイテクだな。
そのまま階段を降り、灯してある明かりを頼りに地下通路へと出る。そこにはこの邪教の構成員であろう人間たちが書類や武器を持ちながら右往左往しており、俺たちの通る空間すらなかった。
「スゥ──《big》注目!!《/big》」
花音の声が響く。
「傾聴せよ!!彼が《正義》を宿すもの!我々の救世主である!!本日より我々と共に世界の浄化を進める事となった!!丁重に扱え!!以上だ!!」
「《正義》だって…!?」
「ついに、ついにか…!!」
「来てくれたんだ…俺たちの希望が!!!」
《big》「「「「うおおおおおおおおおお!!!《正義》様万歳!!この不浄なる世界に救済を!!!」」」」《/big》
ええ怖…なんやこいつらマジで怖…。邪教じゃん間違いないよこんなんもう。よくこの女一人の発言でそこまでヒートアップ出来るな。確信と共に知っているってヤツか。分からんが祭り上げられているのはよく理解できた。というか…コレはあれか?俺らが負けたら敵にも味方にも責任を負わされるのは主神の代行者っていう面倒な肩書きを持った俺ってことか?負けたらマジで命無いじゃん。でもこの邪教と共に勝たなきゃいけないのも辛い。人としての良心が痛む。
かー、四面楚歌!!呉越同舟!!どうしようもねー!!
「紹介も終えたところですし、あなた様の自室へと向かいましょう。行きますよ。」
俺が彼女に連れられ一歩を踏み出す。そうすると構成員が全て跪く。ええこいつらマジで怖いんだけど。よく初見の人間にそこまでの対応できるな君たち。狂ってんじゃないの…いや狂ってたわ。邪教の構成員だわこいつら。狂ってて当然なんだわ。
そんな感想を抱いていると、やけに豪華な装飾が成された部屋へと案内される。
「ここがあなた様の一室です。他の構成員より上質な物となっております。必要物がありましたら私にお申し付け下さい。そちらのベルを鳴らして頂ければ私に通達が届きますので。それでは、ごゆっくり。」
扉が開けられる。白を基調としたその部屋は、高級ホテルの一室のように整えられており、一目みてよく手入れされていることが理解できた。一応ここが今日から俺の一室となるわけだが、恐らく監視装置も大量にあるだろうし、特段やることがない。てか右手に常に銃があるから出来ることも出来ない。ゲーム機なんかあっても出来るのは片手で動かせるほのぼのとしたものくらい。…いやそれでも良いからやりたいな。日々の癒しが足りてない…。
てかここどこだよ。どこに連れてこられてんだ俺は。ホントに日本なのかここ?てかマイシスターがどうなったのかも気になる。突然蒸発したお兄ちゃんとでも思われているのだろうか…?やだなぁ。それは本当にやだ。両親は既に他界しているから、俺の唯一の家族だった妹。こう、一息つける状態になってしまうと、安否が気になって仕方がない。
弓華に関してもそうだ。彼女の身内や学校にはどのような説明をされるのだろうか?それを言えば俺もそうなのだが。
出席日数の心配なんて、今するべきじゃないのだろうが、平穏な日常に全身どっぷり浸かっていた身としてはそんな下らない事が気になってしまう。
こんな後悔も、こんな葛藤も、いずれは泡沫の夢みたいに朧になって消えてしまうのだろうか。こんな邪教に身をおいていたらいずれ忘れてしまうのだろうか。
それが少しだけ、怖かった。
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