中二病がカッコつけてたら世界の敵になってしまった

とらんざむせっちゃん

第1話

中二病──急に親に冷たい振りをし、突然ブラックコーヒーを飲みだしたり急にロックや洋楽を聴き始める。漫画の主人公が着ているようなロングコートやマントに憧れ、カッコいい武器を携帯したくなり、終いには学校がテロリストに占領されて自分1人で戦う事を妄想し、やれば何でもできるかのような万能感を感じるが、実際に行動に移すことはほぼない。そんな症状が出る悪魔の病気。

自分を良く見せようとする自己顕示欲、あるいは自己陶酔によって引き起こされるこの病は、主に14才、中学二年生が発病するとされている。またこの他にも個々の症例において特徴的な症状が存在するため、注意深い観察が必要である。そして、何より恐ろしいのは治療法が未だにないと言うこと。重症になると、自然治癒することもなく今後ずっとその苦しみを味わうことになるのだ。


俺、社会の荒波に揉まれたこともない健全な男子高校生の『初風はつかぜ 正義まさよし』もその一人であった。特に意味もなく登下校時には指貫グローブをするようになり、夏場だとしても長袖で登校。暑さを堪えながらそれを表に出さず涼しい顔をし、雨の日であろうと無かろうと傘を携え、振り回したりカメラのないエレベーターの中でカッコいい構えを探したりする。

だが俺は反省もしないし後悔もしていない。

カッコいいは男のロマンなのだ。それを追求して一体何が悪いと言うのだろうか。

もちろんきちんと肉体も強くしている。毎日欠かさずに筋トレをし、この年齢にしてはかなりのマッスルに仕上がった。肩幅は広くないが、筋肉はかなりある。そんな感じになった。細マッチョと言えば良いのだろうか。バック転で相手の斬撃をかわす練習もした。何回か失敗したのも良い思い出だ。


さて、少し年季の入った教室にはポツンと俺一人。テロリストと戦うのに人が多いと面倒だし、朝早くに来るのは効率よく敵を撃退するために他ならない。例えばスナイパーが此方を狙っているのであれば指を滑り込ませるように銃弾に当て、緩やかに軌道を変えて狙撃主へと返品する。そんな動きをするのに大きなスペースが必要だから、他に人がいない方が楽で良いのだ。この空間で今日も今日とて仏頂面クール系男子としての1日を始めるとしますかね。


首には怪しそうな店で買った禍々しいロザリオ(5000円)。こうして暇な時は祈りを捧げるようにしている。ロザリオの形状のせいか、なんか邪神信仰みたいでカッコいい。もしやこのロザリオ関連で某TRPGの中でしか知らないようなヤバい教団とかもあるのかもしれない。

それにしても、経年劣化か少し色がどす黒くなったな…?かれこれ3年近く祈りを捧げているから何らかの上位存在がいるのならば少しは認められてきたのかもしれんな…フッ。


さあそれはさておき祈りを捧げるかね。神様的なのがチート能力くれないかな。時間停止とか全属性魔法適正とかさ。

中二病特有の妄想だが、3年欠かさずに続ければなんか起きそうではある。

合掌。二秒ほど経った後に口を動かす。


「──主よ、どうかこの手に力を。我が身に寵愛を。そして、我らの世界に救済を。我が冠する名は正義セイギ

主の代行者。この世に顕現せし主の欠片の持ち主。世界に刃向かうもの。

契約をここに。どうか主の憐憫を、情愛を、祝福を我が身に。」


ルーティーンと化した俺の考えた詠唱。主に捧ぐ唄。俺の貧弱な語彙のレパートリーから産み出された最強にカッコいい祈り。

う~~~~ん、今日も惚れ惚れするほど美しく、流れるように唱うことが出来た。まあ、祈りもなんとなく様になってきたんじゃないか?このまま教会の神父とかを目指しても良いのかもしれない。

さて、家に持って帰り忘れた課題でもやるとするか、と腕の構えを解こうとしたその時。視界が光に包まれる──


◆◆◆◆


「──と、言う訳で。ここまでは75ページの内容にざっと触れてきたんだが…ん?おい、初風!初風正義!!授業中だぞ起きろ!!」


なんて、そう思っていた時期が俺にもありました。なんだよ夢オチかよ期待して損したわ。普通に今日学校で過ごした記憶があやふやだ。ボーっとしないようにしていたんだが、ついにボロが出たか?


「お前が寝るなんて珍しいが、何かあったのか?」


「…いや、何の問題もない。むしろ寝ていたと言う感覚すらなかった…面目ない。」


クール系男子キャラを貫いてきた俺として、授業中に寝るなんて言語道断。穴があったら入りたいがしかし、ここからの印象のリカバリーに手を回さなければ。俺が長いこと友人関連に振り撒いていた伏線である中二病特有の妄想封印されしモノのせいってことでなんとかなるだろう。


「そうか。何かあったら保健室に行っても良いんだからな?…っと、逸れちまったな。まあそろそろ終わりだしいいか。次回の授業までにここまでの復習をやっておくように!号令!」


「起立、気をつけ、礼!」


「「「「「ありがとうございました!」」」」」


「学級委員から連絡です!今日は藤丸先生がいらっしゃらないのでもう帰っちゃって大丈夫です!!」


終わってしまった。まあ帰れるなら良いが…授業内容が頭の中から綺麗サッパリ消えている。どうしたものか、実力者であるためにも学年模試1桁はキープするようにしているのだが、一度聞き逃してしまうと復習の手間がかかってしまう。

まあ後で誰かに聞くとしよう。一先ずは荷物を纏めて帰宅の準備。さて、あいつは──


「ねえ、早く帰って居残り逃げよ!初風くん!!」


「…その発想はどうなんだ、北上。」


「もー!北上じゃなくて弓華ゆみか!名前でちゃんと呼んで!!」


「気が向いたらな。」


全くもー!!と言いながら俺を前後に揺さぶる女子、北上 弓華。高校生になってからやたらと馴れ馴れしく接してくるこの女だが、孤高でありたい俺としてはありがた迷惑と言ったところ。早急に離れていって欲しいものだが何故か付きまとわれている。


「良いから、準備終わったんでしょー?帰るよー!」


「…待て、ロザリオが──いや、あった。何でもない。」


「…そういえばさ、初風くんってずっとそのロザリオ持ってるよね?なんで?」


首もとを探り、ロザリオの有無を確認していると、そう訪ねてきた。ふむ、何故か。カッコいいからとしか言いようがないんだがもっと簡潔に、もっと謎が発生するような遠回しな言い方で──


「…そうだな。俺にとっての使命みたいなものだ。」


嘘は言っちゃいない。カッコいいモノを探し、それを追求しいずれは最強にカッコいい人間になる──それが俺の野望。ただの高校生の妄言とするのはやめて欲しい。客観がどうあれ、主観では確かに世界は俺中心に廻っているのだから俺がどのような人生を歩もうが、誰にも口出しをされる義理はない。


「…ふーん。やっぱり、そうだったんだ。」


突如、弓華から発せられる空気が変化する。穏和な雰囲気から一転、殺意と狂気を孕んだものに変わったように感じる。

なに!?地雷踏み抜いた!?!?怪しい宗教に騙されでもしたのか!?!?


「やっぱり、とはなんだ?」


「それは君が一番分かってるでしょ?世界の敵さん。」


なんでさ!!いつ敵対したんだよ世界に!!

突如フラッシュバックする記憶。


──主よ、どうかこの手に力を。我が身に寵愛を。そして、我らの世界に救済を。我が冠する名は正義セイギ

主の代行者。この世に顕現せし主の欠片の持ち主。

契約をここに。どうか主の憐憫を、情愛を、祝福を我が身に。──


あったー!!心当たりあったわ!!何!?妄言信じちゃうタイプか君。困るねー!!

…まあ命は奪われんだろうし、悪乗りしてみるか。


「…ほう、であればどうする?俺を殺すのか?そんな確証すら持てない戯れ言で?」


「…ええ、殺すわ。あなたが大きな歪みにならないように。《ソードのペイジ》としての役割を。」


乗ってきたねぇ!!良いね良いよ君!演劇部とか向いてるよ。冷静に考えてこんな小娘が超常の力とか持ってそうには見えんし、簡単に言えば中二病患者同士の悪乗り祭りって訳だ。幸い周りに人が居ないから彼女も乗ってくれたんだろう。いやー、持つものってやっぱ同じ志を持つ友人だよな!!


「──この世界に均衡を。神の代は既に古に、封じられしものはあるべき形へ。人の手により天を離れ、人の手により道を定める。担い手はここに。我が手には剣。執行者たる我が身に、人の叡智の結晶を。」


は?ん?見間違いかな??服は鎧っぽくなってるし、明らかにヤバそうなもん持ってるんだけど。具体的に言うと一本のロングソードを。刀身は1メートルほど。隠しておける空間はない。じゃあ誰かが渡したかと言うと、勿論人間がいないからそんなことは起こり得ない。

ってことは、コレ、な案件か?ガチで超常の力を持ってて、俺は本当に世界の敵になって、討伐するために遣わされたのが弓華だったと?


そんな思考をしている間に間合いを詰めてくる。尋常ではない速度。距離は、1メートルを既に切っている。しかし彼女が剣を構えているのは上段。唐竹の要領でしか振ることが出来ない筈だ。右か左に飛ぶしかない。彼女の利き手は確か右だ。左によければ彼女にとって追撃がしやすいだろう。ならば右に飛ぶ──!!


床が割れる。叩きつけられた衝撃で軽く吹き飛ばされかけるが、鍛えてきた身体のお陰で怪我なく着地できた。


クソッタレ、やってられるかよ。なんで命なんか狙われなきゃいけねぇんだ。こんたところで死んでたまるか。知らん間に殺された、なんてそんな下らない死に方、カッコよくない。


「──主よ、どうかこの手に力を。我が身に寵愛を。そして、我らの世界に救済を。我が冠する名は正義セイギ

主の代行者。この世に顕現せし主の欠片の持ち主。世界に刃向かうもの。

契約をここに。どうか主の憐憫を、情愛を、祝福を我が身に──ッ!。」


ならば、俺もせめて。無駄だと感じていたとしても、コレを唱えよう。少なくとも俺は世界の敵だ。そして正義たる相手側が超常の力を使えるのならば、俺にもその一端はある筈だ──なんて、分の悪い賭けに出るしかなかった。

その、結果は──


『──しかと受け取った。我が名のもとに神の力の一端を与えよう。寵愛を与えよう。そして、地上の浄化を始めよう。

我が名は《■■■》。裁きを下すもの。神の天秤の持ち主。正義を司る神。

契約はここに。代行者たるそなたに、憐憫を、情愛を、祝福を授けよう。』


どうやら、大成功らしい。

手には精巧な装飾がなされた銀色の拳銃。俺の周囲には魔方陣。すぐに消えたが、魔方陣に刻まれている文字に、少なくとも俺が確認できた中では書いてある言語に見覚えはなく、読み解くことは出来なかった。服装に変わりはなく、防御性能は上がっていないであろう事がよく分かる。俺の呼び掛けに応じた神が不穏なことを口走っていたのには触れないでおこう。今それを考える余裕はない。


「…上手く行ったか。」


「──大アルカナですか。なおさら今の内に芽を摘んでおく必要がありますね…!!」


再度突進する弓華。先程までは捉えられなかったその動きを俺の目は追うことが出来ていた。動きの軌道は予測できる。ならばそこに銃弾を置いておくだけ──と引き金を引くも、弾が出ない。欠陥品じゃねぇか。こんな緊急時に使い物にならねぇと投げ捨てようとする──その瞬間に俺の手と溶接されたように、グリップが溶けて皮膚と一体化していることに気づく。舌打ちしながらやむを得ず床を蹴り回避運動に移行するが、あまりに上昇しすぎている肉体に俺の反応がついていけず、少し避けるくらいに考えていた動きが吹き飛ぶように離脱するようなものになり、そのまま壁をぶち抜いて外へと飛び出てしまった。


空中では回避運動がとれない。弓華が空中を追ってこれる能力を持っていたら終わりだが、どうやらなかったようだ。その代わり、俺を追って、ぶち開けた壁の穴へ助走をつけて飛んだ。

俺の方が高く飛んだせいで落下最中に接触することが予測できる。


打開策を考える。さっきの奇跡をもう一度起こすにはどうすれば良い?さっきはどうやった?だ。心から上位存在に祈れば祝福を得られた。その成功体験に基づくなら、今回も祈りが打開策になる筈だ。

そこまで至れば、俺の拳銃から導かれる答えを、中二病である俺は知っている。西洋の信仰において超常の魔物を撃滅できるとされ、とセットで作られ、それらの意味から転じて現代ではの比喩としても扱われる1つの物。


「逃がさない──ッ!?」


「──祈りを捧げよ。銀の弾丸シルバー・バレット。」


銃弾が、銀の軌跡を描きながら飛翔する。まっすぐ飛んでいったその弾丸は剣で迎撃する間もなく、彼女の心臓を確実に捉えており──


「──想定以上、ですか…。」


パァン、と破裂音を響かせて彼女の体を貫通した。


「──え?」


衝動的に放った銃弾が彼女を貫いた。きっと防ぐだろうと、殺せはしないだろうと撃ち込んだ銃弾は彼女の命を容易く奪った。どうして?どうして俺はこうも躊躇い無く引き金を引けた?どうして俺は人を殺せた?どうして、今の俺は笑っている?

分からない。なんなんだコレは。一体どうしろって言うんだ。奪いたい訳じゃなかった。弓華との日々は楽しかった。それなのに、どうして。


思考がバラバラになっていく。霧散していく。しかしそれがすぐに冷静を取り戻す。現実から逃れることは許さないと言わんばかりに、命の灯火を失った彼女の肉体を目が捉えて放さない。


突如、ぱちぱちと拍手しながら暗闇から1人の女性が歩いてくる。


「…代行者よ、先ずはお疲れ様です。我々は《浄化教》。この世界の浄化を使命とする組織です。詳しいことは後で、ご同行願います。」


「…良いだろう、好きにしろ。」


無気力。最早何をするにも気力が湧かない。もうどうにでもなれ。俺は、ただ、平和な日常の中で遊んでいただけだったのに。

どうしてこうなったのだろう?

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