恋愛の主人公

夏の日差しをたっぷり受けた木々が私に夏が来たと告げるようにしゃらしゃらと気持ちの良い音を立てて風のリズムに乗っている。

燦々と輝く太陽の日差しは少しの揺らぎを私に伝えて、身体の水分を食べていく。

私はそんな夏の訪れに深呼吸をして素敵な新緑の香りを沢山吸い込んだ。

そして手に持った黒のレースの日傘を差した。お気に入りの傘は私に居場所を作る様に丸い円をアスファルトの上に描く。コツコツとなるヒールを携えて、ゆっくり歩くのが私は好きなのだった。

そういう今日は本を買おうと本屋さんへ行くことが目的だった。

その時突然、目の前に人が過ぎる。


「先生こっち」


そう呼んだ男の子が私と同じか少し上か位の女の子の手を引き、私の目の前を通り過ぎる。彼の中では私は通行人aの人生として交わることもないが、その彼の認識の中では存在していることは確かである。

私はその主人公の様な男の子ではなく手を引かれる女の子ににこりと微笑むと、彼女は恥ずかしげに俯いてそのまま手を引かれてどこかへ行ってしまった。

私はすごく面白いものを見た様に感じた。

交差するはずもないただ二人の主人公の中にトリップした様な気持ち。

この物語にちっとも影響を及ぼさない通行人Aが、今私がしたアクションによって私が彼らの物語へ誘われた様な変な気持ち。

この後何が起きるのかワクワクする思いになったのは久しぶりだった。


ふと、私は我に返ると、自分の手に糸が付いている様な気がした。

私たちはこの奇妙でアンバランスな糸の上に立っていて、少し私がいつもと違うことをするといつもとは違う糸が引かれて交差するようになるのだということに気付かされた。


私たちは人の物語の視点で自分を捉えたことがあるだろうか。

恋愛というのはその最たるもので、誰もが簡単にストーリーの主人公になることができる。「私」がどんな人格でもどんなものを持ってたとしても。それは面白みとして一つの物語性をもつ。

最近のSNSは、マイノリティの側面からすると私と同じ人がいたとこれ幸いと思うのと比較して、マジョリティの側面からすると、私と似たような人間が沢山いたんだとがっかりする様な側面がある。

もちろん、すべての「私」の側面に対してマイノリティはほぼいないが、必ず誰かと比較するされるマジョリティの部分は「私」に存在する。

しかし、恋愛というストーリー性を持つものは、どんなストーリーでもそれは一つの独自性を持つ。

その人ではなくその物語に意味があるのだから。

その様な意味では、巷でよく聞く「彼氏欲しい」という言葉の裏には、主人公になってみたいという思いが少なからずあるのではないだろうか。

というのも先ほどのSNS例を当てはまると、その全てが「私」発信のものであり、どの人も自分が主人公であると主張し続ける。それを見続けると、私はただのちっぽけな一人の冴えない人間であり、誰でもないただの人というカテゴライズが昔の時代に比べて否応もなく私たちに刃物の様に突き立ててくるからだ。

私はもしかして誰にでもある人生を歩んでいて、私がその主人公ですらないのではないかという不安である。

誰もが物語の主人公になりたがる。

あなたの認識できる世界の中では否応もなくあなたこそがその物語の主人公だと思っている。

私も例外ではない。


しかし、それを揺るがされるものこそが私たちに焦燥感を与えるのではないだろうか。

私は恋愛は主人公になりたくてするものでもある様な気がするのである。

恋愛とは、簡単に得られて、私が主人公の私でありながら介入できるストーリーでもあるから。


ただ先ほどの例の様に、誰かの物語の一部でもすごく面白い構成要素になり得るのではないだろうか。

友達aでも通行人bでも、よく行く店の店員でもなんでも良い。そういう視点で物事を見て、自分というものを表現できるものが沢山増やす。

つまり、主人公でありながら、誰かの物語のピースであることを引き受けるということである。私たちはそれを忘れがちではないだろうか。主人公も勿論素敵だが、誰かの人生のちょこっとした端役でも、自分が好きな素敵な自分でいる事で誰かを幸せにするのもきっとあなたを満たしてくれると私は思う。

そうすれば、この世界はもう少しは平和になるのではないかと思えるのであった。


本日のコーヒーとお食事


「ブラジル産のナッツの味の中にフルーティーな後口と大きな栗が入ったマロンケーキ」


苦い中にも必ず最後は幸せがある。

人生を体現する様な夢を見るにはうってつけの組み合わせ。




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