第17話 交際

 アデーラとのデートはほとんど大学の図書館で、レオナの時のように金はかからなかった。並んで座り、分厚い教科書を開いて勉強を教え合いながら小さな声で笑う。理想的な大学生の恋愛であるかもしれないが、退屈すぎて性に合わないなと嘆息した。


 一方のアデーラはとても楽しそうで、こういう恋愛がしたかったのだなと見てとれた。髪はレオナそっくりのボブにしたようだった。服装は相変わらず品を意識して、ただ解放気味になりこちらを意識しているのだなと感じた。


 アデーラは宣言通りスムトニー教授のセミナーに通い始めた。ラナンはバイトがあるので今はまだ無理だと断って。彼女が教授との関係性を築くのには多少の時間がかかるだろう。自分は参加しないでおいて、彼女に接近させる。つながりが出来てしまえばそのうち綻びが出るだろうと思っていた。


「おい、ラナン。アデーラと付き合ってんだな」


 キャンパスでがっと肩を組まれてラナンは驚いて振り返った。友人がにたにたと笑っていた。


「どう?」

「良い子だよ」


 そういって迷惑そうに手を振り払った。友人がおうっと目を見張る。


「なんだよ。上手くいってないのかよ」

「そうじゃないよ」


 表層は上手くいっている。でも実際は扱い辛さを感じていた。真面目を押し付けられているようで感性に合わない。ただ、レオナのような格別の気遣いも必要なかった。


「彼女どんな場所が好きかな。デートに誘おうと思うんだけれど」


 話題を変えるつもりで問うてみたが、友人は真面目に考えてくれた様子だった。


「ベタだけどさ、映画とか観にいったらどうだ」

「映画って親密になれってこと?」


 イヤげに問い返すと可笑しなこというなよ、と友人は笑っていた。


 次の休日、友人の助言通り映画館に一緒にいった。馬鹿みたいに暗闇のなかで手を重ねて甘い恋人の空気を演出し、安いホスポダで気の済むまで感想をいい合って。


 気が付くとずいぶん時が過ぎているような気がした。アデーラはカクテルに酔ってくると研究室のセミナーについての本音をぽろりとこぼした。


「スムトニー教授は素晴らしいわ。とても勤勉な方よ。あなたもくればいいのに」

「楽しいんだね」


 組んだ足を少し投げ出して、ゆったりと聞く姿勢を見せた。あのスムトニーが。嘘だろと内心は思っていた。


「医薬品メーカーの裏事情もたくさん聞いたわ。たくさんの学会に所属されて論文も熱心に書かれてて」

「美人が好きなのかも」


 止めてよ、と笑ってセミナー用のノートを取り出す。乱雑な字で十分にメモを取り、学んだ形跡が見えた。二年生では到底難しい内容にまで触れている様子だった。


「あの先生は大学はたしかマサチューセッツだよね」


 そうよ、といってアデーラは自慢げにした。


「あちらの生徒は睡眠と食事の時間以外は勉強してるんですって」

「それだけ勉強してるってことだよね」


 アデーラはカクテルを飲みほすとカップをたんっと置いて膝に手を突いた。


「わたしももっと勉強したいの」

「いいと思うよ」


 そういってラナンは理解を示した。彼女が入れ込むこと自体、むしろ歓迎だった。


「ウチの大学長いんだっけ」

「十二年よ、ウチにきて教授になったのよ」


 ラナンもそれは知っていたが隠した。


「その前はどうしてたか知ってる?」

「他所で准教授だったってネットにあったわ。元々は卒業後、講師としてマサチューセッツで働いてたんじゃないかしら」


 その表記はたしかにあった。だが、それは表面上の経歴。どう人生を送ってきたかまでは書かれていない。特にレオナの父親と接点をいつ持ったかまでは。

 仕方ないと手を打つ。危ないなと思いながら一石を投じよう。


「レオナのお父さんが。古い友人だ、っていってたのをちらっと聞いたんだけれど」

「えっ、そうなの」


 これにはアデーラも驚いた様子だった。


「今度さ、先生に聞いてみてくれないかな。あ、研究室に誘われると面倒だから僕のことは内緒で」

「うん、そうね。聞いてみる」


 それと、といってラナンは鞄の中から包みを取り出した。それをテーブルに置く。


「酔わないうちに渡して置く」


 アデーラは目をきょとんとさせていた。


「貰っていいの」

「開けて」


 中に入っていたのはピンクのブランドもののペンケースだ。勤勉な彼女にピッタリの贈りものを上手にチョイスした、学校では肌身離さず持っていられる。


「いつも頑張ってるからご褒美だよ」


 ラナンは誘うような笑みで微笑んだ。


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