第55話 月の裏側


月の裏側、地上からは決して見えない場所で、秩序の月の精霊龍オルデアは焦っていた


 隣には、混沌の月の精霊龍、ケイオスが、同じく人の姿で正座して畏まって居た


 正面には、腕組みをして、仁王立ちで無言で圧力をかけ続けるペンティアムが居た


「で……」

 長い沈黙の後、ペンティアムが口を開く


「何ゆえ、私の行動を邪魔したのか、真意を問うて居るのだが、誰の差し金で勝手な真似をしてくれたのだ?そろそろ明確な返答を聞いて、納得させて欲しいのだがな?」


「ですからクッ、クレセントがぁ、見るに見かねて勝手に……!」

「あぁ?」

「ヒッ!」


 オルデアはハモニアルを破壊し、封印したこの人外の魔女に畏れを抱いていた

 何しろ、空気すら無いこの月面で、どうして平然と生きて居られるのか?

 遥かに遠いあの地上から、どうやって、この月面に迄、当たり前の様にやって来れるのか?


 全てが人間としての常識を逸脱し、理解不能だった

 しかも、溢れ出る魔力の強さと量は、地上の民から「神」の一柱とさえ崇められる、月の精霊龍である自分をも遥かに凌ぐ


 恐ろしい


 それが正直な答えである


「あの……畏れながら」


 控えめに手を挙げ、声を出したのは混沌の月の精霊龍ケイオスだった


 ギロリ


 ペンティアムに睥睨されて、ケイオスは姿勢を正す


「猊下がお造りに成られたセレロンは、非常に良くやってくれて居ります

 そのセレロンも、堄下のお手伝いに為ればと、自ら地上へ参じた次第でして……」


 確かに、セレロンは遥か昔にペンティアムが創造した龍人だ


「クレセントもセレロンも、互いにお前達を

 差し置いて身勝手な行動を取れる訳が無かろうが!しかも、結果的に、両名共、私の邪魔しかしていない」


「「……」」


「お陰で、ハモニアルを封印する為に造り上げた聖都は、見るも無惨な姿に変わり果ててしまった!」

「申し訳ございません!」

「この身に出来る事ならば、何なりとお申し付けくださいませ!」


「……取り敢えず、聖都復興が成る迄の間、クレセントとセレロンは、ワシが預かる!

 よもや文句は有るまいな?」


「「ははあーーー!」」

 秩序の月の精霊龍と混沌の月の精霊龍が、揃ってペンティアムに土下座する


 空気の無い月面で、ペンティアムは煙草を取り出すと、火を灯けた


 一息、煙を吐き出すと

「私はね、天空に輝く月は、一つでも構わないと思っている」

「「!!」」

「調和の月が無くなったのだ、

 秩序も混沌も、両方有る必用も有るまいよ」

「ごっ、ご冗談を!」

「何なら、まっさらな天空に、新しい月でも浮かべてみるのも一興かもしれんな……」


 完全に恫喝だが、それを出来てしまうのが、目の前の存在だった

 オルデアもケイオスも、続く言葉が無かった


 ミカエラですら知る術の無い、人外大司教の本性が、人類からは見ることの叶わない月の裏側で発揮されていた


 


 


 

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