第44話 怪傑卍丸


「ミカエラ、勇者を探し出せ」


「はい、師匠」


 何処をどう探せば良いのか分からなかったが、真っ直ぐに師匠の顔を見据えて即答し、部屋を出た


 正直、ラファ姉にかけるべき言葉も分からなかったが、側に居ても何も出来ないのは理解出来た


 ミカエラが部屋から居なくなるのを待って、暫くしてから煙草に火を着けたペンティアムがラファエラに問う


「辛くなったら……

 我慢出来なくなったら、何時でも良いわ

 遠慮無く言いなさい」


「……私の赤ちゃんを取り戻すまでは、消える訳にはまいりません」


「……そう」


 アンデッドに成ってしまったラファエラにとって、常に聖気に満ち溢れる聖都は、決して居心地の良い場所では無くなった


 昼間の強い陽光も、人々の信仰心も、今のラファエラにとっては、大変な負担となる

 もう、人の世で暮らしてゆける存在では無い


 ペンティアムの秘術によりアンデッドとして甦った時は、幼い頃より聖職者として生きてきた矜持が、己の存在そのものを否定しようとしたが、何より大切な、自分の全てよりも大切なものを取り戻したい一心で、アンデッドである現実を受け入れる事にした


 もう、己の信じた幸せな日々を取り戻す事は不可能だが、大切な赤ちゃんだけは何が有ろうと必ず取り戻す

 そして勇者は殺してやる


 そう、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!


「ラファエラ、自分を見失うな」


「はっ?」


「アンデッドだからな……暗い感情に支配され易くなってる様だ」


「……申し訳ございません」


 アンデッドなので、聖魔法で落ち着かせる事も出来ない

 目的を果たす以外に彼女に安息は訪れないだろう

 そして、アンデッドにとっての安息とは、ただ、ひとつしか無い事も、お互いに理解していた


 フゥーーっと長く煙草の煙を吐き出すと、ペンティアムは夜空に浮かぶ、ふたつの月を見上げる


(秩序の月が動いたのだ、当然黙っている訳も無いだろうな……)


 教皇を警護していたガブリエラは、ミカエラからラファエラがアンデッドとして甦った事を聞くと、一瞬驚いたものの、ミカエラを優しく抱き寄せて

 

「自分を信じて、貴女なら出来るわ」

 

 と一言声をかけた


「ありがとう」


 泣きそうになるのを、何とか堪えると、既に泣き崩れているウリエラを抱き


「行ってくるわね」


「グスッ、お姉様」


「ガブリエラを助けてあげて、貴女だけが頼りよ」


「はいい」


 ますます泣き出したウリエラは、まだまだ子供なのだ


「しっかりね」


「ご武運を」


 大聖堂を出ると、クレセントが当然のように付いて来た


「……良いの?死ぬかも知れないわよ」


「ドラゴンの不死性を知らないの?」


「相手も不死身の化け物よ」


「相手にとって不足無いわね」


 クレセントと互いに拳をぶつけ合うと、ニヤリと笑う


 流せる涙は既に流した

 後はしなければ成らない事をするだけだ


 手掛かりは、デュオが見かけたと言う不審な見習いシスターだ


 東方支部教会で修行中だったモトローラと言う見習いシスターが、行方不明になっていた


 まだ幼い見習いシスターが、ラファ姉を殺害出来るとは思えないけど、糞勇者の件から考えて、見た目通りの存在だとは限らない


 何より、今回の事件が起きてから、師匠は何かを隠している


 赤子の頃から育てられた私には、師匠が嘘を付いていたり、隠し事をするとすぐに見抜く事が出来た

 血の繋がりこそ無くとも、母娘ならではの特別な関係だ


 師匠が私の心を読むのと同じ様に、私も師匠の考えている事は、なんとなく分かる

 理解は出来ないけど


 師匠は肉体は魂の器に過ぎないと言った


 そして、糞勇者は、魔剣の器だと言った


 だとしたら、本物の勇者インテは、とっくの昔に魔剣に魂を乗っ取られたか、或いは死んでいる


 仮にも、女神様から神託を授かり、勇者の異能と聖剣を賜ったのだから、勇者としての資質は在ったのだろうが、結果的には人類の敵でしか無い


 更に良く分からないのが、魔剣が何処から沸いて出たのか?


「うーーーーーーーん?」


「……らしくない」


「え?」


「アンタが考え事なんて、らしくないって言ってんの!アンタはいつだって、ズバッと現れズバッと解決するのが持ち味じゃん?」


 何それ?


「ほらあ、何時もの決め台詞!聞かせてよ!」


 決め台詞って……アレ?


「ん、よ、世のため人のため、私のために正義を執行する!?」


 何か、改めて言うと恥ずかしいわね


「その意気よ!」


 クレセントが笑顔で私の背中を叩く

 どうやら、彼女なりに気を使ってくれたらしい


「脳筋ゴリラが、頭から湯気出して難しい顔してるの変だから!変!」

 スパコーーン!「あ痛!」

「誰が脳筋ゴリラよ?殺すぞテメエ!?」


 クレセントがケラケラと笑いながら

「その調子よ!」


 うん、そうね

 難しいことは、師匠にまるっと任せて、私は私に出来る事をやろう!


「サンキュー!クレセント!大好きよっ」

 ボッとクレセントが真っ赤になった

「だ、だ、だ、大好きとか?え?ええーー?そんないきなり言わないでよ!えー?どうしよう」


 何を慌ててるんだろう?


「そっ、そういうトコロだからねっ!」


 そういうトコロらしい


 

 

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