第37話 二十四時間闘えますよ
「一体、何の騒ぎだ?ペンティアム」
ひとまず落ち着いたのを見て、教会から教皇が出て来た
「失礼しました、聖下
ミカエラが不審者を連行して参りました」
「この子供が?」
「何よ、アンタ偉そうに?」
ボカッ!「あ痛っ!」
「偉そうなのはお前の方だ、
このお方は、聖王国王女、ミレニアム・マトロックス教皇聖下だ、
控えろ、トカゲ!」
場を読めないクレセントが師匠に殴られた
今のは、あの子が悪いわね
「あーーっ、もうっ何よ!
私は善意で、この暴力ゴリラを乗せて来てあげたってのに、いきなり攻撃されるは、怒られるは、やってらんない!!」
完全に子供のヒステリーだ
「誰が暴力ゴリラだって?」
「ヒッ?」
クレセントの頭を鷲掴み、思い切り締め上げる
ミリミリミリ……メキメキッ!
頭を掴んだまま、片腕で私の目線の高さまで持ち上げて、こちらを向かせる
「オマエ、まだ身の程が分かって無ぇみたいだなぁ?あぁ?」
「えっ、あの、いや……その、痛たたた!」
「このまま頭潰して、新鮮なトカゲジュース絞ってやろうか?」
「その役目、私にお譲りください、ミカエラ様」
地面に叩き付けられて、ボロボロになったサリエラが戻って来た
珍しく目が殺気立ってる
「おう、怪我は大丈夫だった?」
「先ほどは油断しましたが、あれしき、どうと言う事もありません」
クレセントを下に下ろすと、サリエラが向かい合う
「何よ、さっきのチビじゃない
またやられに来たの?」
チビと言うが、こうして並ぶとサリエラの方が少しだけ背が高い
パン!
クレセントの左頬が張られる
「私はチビじゃ無い」
キッ、と睨み返すと、今度はクレセントがサリエラの頬を平手打ちする
パンッ!
パン!パン!パン!パン!パン!パン!
間髪置かず平手打ちの応酬が始まった
若いって良いわね
「どっちが最後まで立ってると思う?」
師匠が聞いてきた
「二人とも、力もスタミナも五分五分ですからね、良い賭けに成りそうですよ、師匠?」
「それは良いな、団長、騎士団の連中に、どちらが残るか賭けさせよう」「はっ」
教皇聖下まで、ろくでもない事を言い出した
まあ、娯楽の少ないこの世界では、賭け事の対象も殺伐としてる
戦乙女のサリエラも、身体強化した上に、拳に魔力を籠められるが、クレセントも腐ってもドラゴンだ
サリエラは自ら、怪我とスタミナを回復できるが、それも魔力量次第
一方のクレセントも、ドラゴンならではの自己再生能力が有るとは言え、力加減が下手くそなので、こちらもスタミナに不安がある
実際の処、本気の殺し合いにならなければ良い勝負だろう
本気になったら、なったで、また盛り上がりそうだけど……
取り敢えず、平手打ちを繰り返す二人の子供をおいて、私は師匠と聖下に現状報告を済ませた
「……そうか、パワーマック伯爵は死んだのか」
「死亡原因は、まぁ事故死です
遺体は原形を留めておらぬ程、損壊が酷く、ウリエラでも蘇生は不可能でしょう」
死者蘇生も万能では無い
老衰や、魔物に喰われたりして、遺体の損傷が酷ければ、成功しない
逆に、病死なら原因を回復させて蘇生可能だ
但し、非常に高額な寄付金が必要なので、貴族や豪商以外には死者蘇生など夢物語である
「しかし、これで事件の真相究明は、アップル嬢か元、勇者を捕らえない限り分からなくなってしまったな……」
ミレニアム聖下が物憂げに眼を伏せる
美人って、何しても絵に成るなぁ
羨ましい!
「魔剣の出所も気になります、
そもそも、あの魔薬をパワーマック伯爵が一人で考え付いたとは思えません」
「うむ……」
「つきましては、聖下にお願いが御座います」
「何だ、改まって?
ペンティアムが願うと言うのならば、妾に否やは無いぞ?」
その時、師匠の眉がピクリと反応していたのを見逃さなかった
後で問い詰めよう
パン!パン!パン!パン!パン!バキッ!
あ、一発入った
……バシッ!バキッ!バキッ!ボカッ!
平手打ちから殴り合いに変わったな
観客もヒートアップして盛り上がってら
どうせならと、そのまま外にテーブルが運ばれ、二人の健気なファイトを応援しながらのランチタイムを過ごし、食後のお茶を楽しんで居る
中々にクズな絵面ではあるけど、勿論、私は騎士団の面々と、干し肉を噛りながら焼酎をガブ飲みしていた
バキャ!ボクッ!バシッ!ベキッ!
「良いぞ!そこだ、やっちまえ!」
「どっちも頑張れ!」「ほら、もっと腰入れろ」
無責任なヤジが飛ぶ
初めは、互いに直立したまま平手打ちしていたのだが、今や脚を開き、腰を落として互いの拳をぶつけ合っている
その内、取っ組み合いに進展するかもしれないな、若いって良いわね純粋で
……はっ、
何か年寄り臭く無い?今のワタシ?
駄目よ、私だって、まだ十八歳よ!
アップルとだって、やり合ったくらいには若いわよ!
相手が弱過ぎて、勝負にも成らなかったけど、機会が有れば誰かとドツキ合いしたいわよ!
出来たら男の人とお付き合いしたいわよ?
ボカッ!バキッ!バキッ!ボクッ!
良いなぁ、混ざりたいなぁ……
余計な事考えて我慢出来なくなった私は、顔面血だらけにして殴り合う二人に近付いて行った所で、師匠から声を掛けられる
「ミカエラ、余計な手を出すなよ?」
釘を刺されてしまったな
仕方無い、ここは酔った勢いの振りして乱入しようかな?
「え~と、二人ともちょっと良いかな?」
「「引っ込んでろ、糞ババアッ!!」」
パカパカーーンッッ!
二人纏めて殴り付ける
「良~い度胸だぁ糞ガキ共!?
二人纏めてかかって来いやあ!」
バキャ!ドカッ!ドスドスドス!
殴り合いどころか、二対一の乱闘になった
ヨシ!第二ラウンド開始よ、あんた達!
本物の身体強化ってのを見せてあげる!
二人がかりで左右前後と位置を換えながら、飛び掛かり、殴り、蹴りと襲い来るが、経験と先読みは私の方が上だ
身体強化とは、単に筋力だけを向上させる訳じゃ無い
筋肉、骨格密度、皮膚表面硬度、神経伝達反射速度、動体視力、情報処理能力、判断力、その他バランス良く魔力でブーストしてやらないと、マトモに戦えない
クレセントの大振りな蹴りを避け、サリエラの目潰しも避けると、カウンターのフックを叩き込む
「蹴りは、膝を使って、もっとシャープに短く!サリーは動きが単純過ぎ!」
クレセントを回し蹴りで、蹴り飛ばすと、小さなブレスを放って来た!
咄嗟に裏拳で弾き飛ばすと、離れた建物に命中して爆発する
サリエラが距離を取った「聖域展開!」
雷撃を放つ積もりの様だが、黙ってやられる訳にもいかない
殴りかかってきたクレセントの腕を掴むと、そのままサリエラ目掛けて投げ飛ばす
「うぐっ?」思わず屈んだところに飛び込み、顎に掌底を叩き込んで、脳を揺らす
「っ!?」
カクンと、サリエラが白目を剥いて膝を着く
伸びた私の左腕に、クレセントが絡み付いて来た、そのまま両足を私の首に回し、どうやら関節技を狙っている様だ
だが、遅い
身体にクレセントを纏わり付かせたまま、勢いを付けてブリッジの要領で、地面に叩きつける
「ガッ?」
「アンタは軽過ぎ、体格差を考えなさい?」
「舐めんなぁ!」
片手逆立ちの体勢から、私の顔面目掛けて蹴りを放つが、片手で受け止める
「体重だけで無くて、頭も軽いのね?」
「ムカーーーッッ!アッタマ来た!」
バク転で距離を取ると、何やら両手で印を結ぶ
「月光眼!」
まさかの眼からビームが飛んで来た!
流石に避けきれずに直撃をくらってしまう
「ウラウラウラウラウラウラア!!」
すかさず飛び込んで来て、連続ラッシュパンチを打ってくる
ブレスだけじゃ無くて、こんな隠し球も有ったなんてね
「ウラウラウラウラウラウラ!!」
怒涛の連続パンチを両腕でガードする
まあ、威力が軽過ぎてダメージが通らないのが残念だけど
(さっきの目からビームには驚いたけど、目玉を抉った時に使わなかったのは、両手を縛ってたからかな?まぁ、大した威力じゃ無いけど……)
「喧嘩の最中に、考え事なんてするなああっ!」
大きく振りかぶった隙を突いて、頭突きを食らわすと、クレセントは鼻血を撒き散らしながら、大の字に引っくり返る
良っしゃあ、勝者、私~!
……あれ?
「ミカエラ、賭けの補填をしなさいね?」
やっちゃった?私……
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