第28話 月降る夜に盃を


「あら、いらっしゃい」


 引き戸を開けて店内に入ると、ラファ姉が何時もと変わらない笑顔で、出迎えてくれた


「今日はミカエルも一緒なの?珍しいわね」


 私は、油断なく店内の一点を見据える


 まだ、客の少ないカウンターには、ずっと追っていた「変な奴」が座って、澄ました顔でビールを飲んでいやがる


 子供だ、女の子


 いけない、

 店の中で、ラファ姉に殺気を気取られる訳にはいかない

 ラファ姉は、もう聖女じゃ無いんだ

 迷惑を掛けて良い人じゃ無い

 お腹に赤ちゃんも居るんだ

 護ってあげなくてはいけない……


 あれ?

 ここで暴れちゃ駄目って事だわよね

 いきなりハードル爆上がりなんですけど~?


 私は、黙ってソイツの隣に腰掛けた


「あら、お知り合いだったの?」


「うん、……取り敢えず、ビール頂戴!」


「はい、ちょっと待ってね」


 ラファ姉の笑顔が眩しい


「はい、どうぞ」

 間をおかず、ラファ姉がキンキンに、冷えた大ジョッキをドン!と出してくれる

 口取りは辣油たっぷりの葱叉焼の小鉢だ


 ミカは私を挟んで、反対側に陣取った

 どうも、出方が分からないので警戒してるらしい、背中の羽根を下を向けて畳んでいるのは、緊張のサインだ


 目線は「変な奴」から外さない

 と言うか、外せない


 探らなくても、私にも分かる


 一見、隙だらけに見えるって事は、実は相当の達人だって事くらいは、私だって知ってる


『……ミカエラ様?』

 ミカが念話で話し掛けてきた

『なに?ミカも何か飲みたいの?』

『違いますっ、この人(?)酔ってませんか?』


「んん?」


 良く観察すれば、片手で頬杖をつき、目がトロンとしてる様な……珍しい金色の瞳は、焦点が合っていなかった

 顔も、ほんのり赤いどころか、耳まで真っ赤になってる


 手元のジョッキは、まだ一口くらいしか飲まれていない様に見えるのだけど……?

 隣の席に、私達が座ったのにも、気付いていなさそうだ


「ねえ、ラファ姉?この子、何杯目なの?」


「え?ついさっき来たばかりで、まだ全然飲んで無いわよ?」


「はい、ゲソ揚げお待ち~!」

 厨房から旦那さんが、揚げたてのゲソを持ってきて、彼女の前に置いた


 その少女は、見た感じ13歳前後の、まだ幼さの残る顔立ちの、あどけない少女だ

 普通に考えても、お酒を飲み馴れているとは考え難かった


「ラファ姉、この子、自分でお酒頼んだの?」


「兎に角、喉がカラカラだから、他のお客さんが、美味しそうに飲んでたビールを頂戴って……

 良く見ると、まだ子供だったかしら?」


 この世界では10歳を超えれば、普通にお酒も飲む事が許される

 家庭の食卓に、水代わりにワイン等の果実酒やエールが出るのも、珍しく無いのだが……


 肝心の相手は、既に頬杖ついたまま瞼を閉じて眠ってしまっていた


「まさかの下戸とはね……」

「ビール一口で酔っ払うなんて……と言うか、この子やっぱり実体が有るんですねぇ」


 あ、そうか

 魔力だけで実体の無いミカは、幾ら飲んでも酔わないんだ


「それにしては、

 魔力の強さが凄いんですよね」


「強さ?量じゃ無くて?」


「はい、この子多分、ウリエラ様とは違って魔力は補充しないと駄目なタイプですが、一度の出力が半端ない感じです」


 ふーん、そう言えばサリエラも身体が小さいからか、バテるのも早かったわね


 ウリエラが魔力切れもスタミナ切れも無縁だから、忘れてたわ


 それにしても、今までにお酒飲んだ事無いのかしら?

 自分がお酒に弱いって事も、お客さんが飲んでたのがお酒だって事も知らなかった訳よね?

 一体、どんな生活してたのかしら?


「ねえ、アンタ名前は?

 何処から来たの?」


 つい、気になって聞いてしまう


「……ふえ?」


「アンタ、一体何処の誰かって聞いてんのよ!」


 少し強く揺すって眼を覚まさせる


「……ん~、あそこ!」


 少女が店の外を指差す


「外から来たのは知ってるわよ

 そうじゃ無くて、アンタの家は何処だって聞いてるの!」


「あそこ」


 少女は上を指差した


 その指は、窓から見える夜空に浮かぶ三日月を指しているのだった




 


 


 


 

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