第25話 隙間の声


(……真っ暗だわ)

 目を開けたにも関わらず、目の前には暗闇が拡がっていた


 僅かに空気の流れるのを感じるので、呼吸が出来るだけの空間ではあるらしい


 が、横たわる身体を動かそうとしても、何かが覆い被さっているのか、身動きが取れそうに無かった


 僅かに動かせる左手で、自分の顔を触ってみると、汚れとは異なる滑り気の有る感触がした


 (これは……血?

 わたし、怪我をしたのかしら……?)


 指が濡れた感触はするものの、見えない為に確認は出来なかった

 特に頭が痛いとも思わないし、触れて分かる限りではタンコブの感触も無い


 彼女は気付いていないが、実は頭の右半分は大きく陥没し、下半身は崩れた建物に押し潰されてしまっていて、既に感覚を失なっていた

 頭部の損壊のせいで、視覚と聴覚が麻痺してしまっている


 (そうだ……わたし、司祭様の言い付けで街の様子を見に来たんだわ……それから……)


 大量の出血の為に、意識も朦朧としていた

 果たして数秒の事なのか数時間なのかさえ、分からなくなっていた


 (それから……何が?

 ボーっとして考えられない……眠い……)


 誰にも気付かれず、瓦礫の倒壊に巻き込まれた哀れなシスターは、命の灯が潰えようとしている


 呼吸も段々と弱まり、静かにその時を迎えようとしていた彼女の耳に、その声が届いた


『お前ハ、もうすぐ死ヌ』


 (……誰?誰か居るの?)


『神の為二働き、神の御元へ帰れルのだ、良かったナ』


 嘲笑する様な響きで、何処からともなく声は続ける


 (……え?わたし死ぬの?……どうして?)

 

『誰にモ見らレず、誰ニも知らレズ知られず死んデ行くノだ、幸せダナ』

 

 (嫌だ、どうして?わたしは聖女に成るために頑張ったのよ?)


『全てハ無駄ダナ

 ペンティアムなド、神に弓引ク裏切り者ダ

 お前ハ、もう死ヌ』


 (あり得ない!わたしの努力は何だったの?)


『お前ノ事など、誰も見テ無い

 誰モ気にしナい』


 (嫌だ、わたしは未だ死にたく無い、

 だって、わたしは聖女に成るのよ?その為に、一杯努力したのよ?)


『スベテ無駄ダ

 ムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダ……』


 (嫌だ、嫌だ、嫌だッ!)


 知らず涙が零れ落ち、頬を濡らす


 (わたしは、わたしはッ

 死なない、死にたく無い!聖女に成るのよ?

 大司教様から新たな名前を頂くの!

 そうっ、セラフィエラよ!?

 もう、決めてるの!

 こんな所で、誰にも知られず死んでしまって良い訳無いじゃない!)


『ククク

 ムダだよ、お前にハ時間が無イ』


 思考がまとまらなかった

「死にたくない」ただ、その想いだけが、死にかけた少女の命を長らえさせていた


『死にタクないナラ、この手ヲ取れ

 我ヲ受け容レヨ』


 (あなたは、誰……?)


『お前ノ救いノ神ダ』


 (神様……お願い……

 死にたくない……寒い……の……)


 哀れなシスターの意識は、そこで途切れた


 とうに止まった心臓が、脳に血液を送れずに、遂に意識が途絶えたのだ

 出血多量に依る脳死である


 少女の亡骸に、黒き瘴気が纏わり付く


 まるで、朽ち果てた昆虫の死骸に蟻の群が集る様に、黒い瘴気の靄に包まれた幼いシスターの亡骸は、やがて猛火の中に飲み込まれ消えて行った



 

 


 

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