第22話 聖王の黄昏


聖王、ウルティマ・マトロックスは深くため息を吐き、手にした書類を置いた


 大司教ペンティアムからの報告によると、聖都東方を中心に、人々を瘴気で蝕む魔薬汚染が進んでいたらしい

 人心の荒廃と治安悪化、魔物の徘徊は全て隠蔽され、中央には何の異常も報告されて来なかった


 それもこれも、東方辺境伯カンジトーク・パワーマックが権力で押さえ込んでいたらしい


 肝心のパワーマック伯爵から事情を聞こうにも、当の本人は娘もろとも消息不明で連絡がつかないとくる


 しかも、あろうことか、聖騎士団と東部担当の自警団迄が揃って犯罪行為に手を貸していたと言うのだ

 聖騎士団団長で元勇者のインテが黒幕だとも書かれているが、とても信じられない


「問題は、瘴気が聖都内部に浸蝕した事で、魔王の封印が弱まっている現実ですわ、お父様」


 金髪碧眼の美女、教皇ミレニアム・マトロックスが、報告書の続きを示す

「まったく、大司教殿からの報告でなければ

 にわかには信じられませんな」

 聖王の腹違いの弟、宰相のエムエス・ドス公爵も相づちを打つ


「現在、東部は治安維持すら出来ない無法地帯と成ってしまっている様です

 自警団も全てが、悪事に荷担している訳では無い様ですので、近衛騎士団を動員し、連携して対処させるべきだと具申致します」


「一刻も早く、パワーマック伯爵を捕らえよ」


 眉間を押さえながら指示を出す聖王に、ミレニアムが応える


「お待ち下さいお父様、そちらは既に聖女達が動いていると聞いております

 更に、大司教が東方支部教会へ対し、一般信徒及び避難民を受け入れる様、通達済みとの事ですから、ここは臣民の安全確保を優先し、東方支部教会の守りを固めるべきです」


 彼女は聖王の一人娘で在りながら、聖女ウリエラの処遇を巡り、当時の教皇であった保守的な父親と対立し、反対意見を封殺した挙げ句、自ら聖教会教皇の座を簒奪した傑物である


 「事の責任を、誰かに押し付けてる暇が有ったら、いま、為すべき事を優先しなくては国は成り立ちませんわ!」

「教皇聖下の仰る通りですな」


 因みに、ミレニアムは第一王位継承者

 ドス公爵は第二王位継承者だ


 ふたりに逆らっては、王の座すら引き摺り下ろされ兼ねないのだ

「ぐぬぬ……」

 恨めしそうに、ふたりを睨んだところで、状況が好転する訳でも無い


 聖都東部は暴徒が火を放ち、あちこちで火の手が上がっているのか、黒煙が覆っているのが王宮からも見えた

 街が破壊されては、魔王の封印を維持出来なくなるかもしれない

 事態は一刻を争う状況である事は、誰の目にも明らかだった


 

「お父様、この勅書に署名を……」


 ミレニアムから差し出された書類は、近衛騎士団の動員令と、軍の全権を教皇ミレニアムに与えると言う内容であった

 事実上の王権簒奪である


 聖王の署名を得た勅書を携えたふたりは、玉間を出ると早足で近衛騎士団の元へと向かう


「ヴィーはどうしてるの?」

「はっ、現在は他の聖騎士団員とは隔離し、幽閉してございます」

「……そう…………」


 ドス公爵の娘、聖騎士団副長だったヴィー・ドスは、昨夜遅くに数名の聖騎士を伴い、父親の寝室を強襲したが、居合わせた近衛騎士団に阻まれ捕縛されていた


 ヴィーとミレニアムは歳も立場も近しく、幼い頃より無二の親友として育った間柄である


 時には、共に酒を飲み交わし、色恋沙汰に話の花を咲かせる程度には気心の知れた相手であったが、お互いに国の重鎮である立場から、好いた惚れたで結婚出来る訳でも無い


 近頃は、聖騎士団団長、元勇者のインテの話題が多かったと思い返す


 三十代を目前にして、適齢期などとっくに超えてしまっている自覚は共に有った

 出来れば、子を成せる内にと、焦る気持ちも分からなくは無い

 その点、インテならば少し歳はとっているが、救国の英雄であり、聖騎士団団長と言う立場は申し分無い様に思えたものだ


 親友の想いを打ち明けられた時には、素直に喜んだ自分が居た


 なのに何故?

 

 ヴィーは兎も角、元勇者が国を裏切った理由が理解出来なかった


 (私は、優秀な子供を養子にして後継者として育てるのも悪くない……王家の血筋など知るものか、

 しかし彼女には幸せになって欲しかった……)


 聖教会中央本部教会の裏手に王宮は建っており、その中庭に近衛騎士団が召集され整列していた

 

「誇り高き騎士の諸君!!

 逆賊の魔手から、臣民を護るのが我等の役目で在る!総員、騎乗!」


 勇ましい美姫の号令一下、二百名の近衛騎士団が出陣する




 

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