第14話 三日月は秘かに笑う
貴族令嬢と勇者が揃って行方不明となり、更に魔王封印の弱体化を目論んだ麻薬の蔓延に依る治安の悪化と、人心の荒廃を招いた世界最大の大都市は、今や混沌の坩堝と化していた
蒸し暑い聖都の夜の混乱を、大聖堂の鐘楼塔の上から見下ろすひとりの少女がいた
およそ、どんな民族でも聞いた事すら無い、鮮やかな金色の瞳を持つその少女は、夜空に浮かぶ三日月を見上げ、切ないため息を吐く
「人間って欲張りよね……はあ、面倒臭い」
かつて、この世界には三つの月が在った
過去形なのは、その内のひとつをペンティアムが粉々に吹き飛ばしてしまったからだ
月とは、世界の秩序とバランスと混沌を司る其々の神龍の化身であるとされる神話が残る
魔王に加担して、人類に敵対した「調和」の月
遥か天空遠くに浮かぶその存在を、あろうことか、たったひとりの人間が暗黒魔法により破壊してしまったのである
更に粉々に砕け散った月の欠片を集め、凝縮し、超質量兵器として魔王の居た南大陸へ向けて落としてみせたのである
新しく記される聖書に、この異常な暴挙をどう表すかで、神学者達が頭を悩ませているのだが、当の本人は
「人類の敵を屠ってあげたんだから、黙って感謝してりゃ良いのよ」
と、まったく反省どころか悪びれもしないのであった
この世界の理から大きく外れている為に、誰にも理解出来なかったが、彼女は頭上数百万キロも離れた存在の中心部で、原子核に干渉し核融合爆発を起こしたのだ
すぐさま、膨張エネルギーを位相反転させ、マイクロブラックホールを生み出し、魔王目掛けて落とした
距離が離れているだけで、使った魔力も物理的な運動量も実は大した事は無い
ただ、天才魔女の指先ひとつで、結果的に引き起こされた事象はまさしく驚天動地の極みであったには違いない
月は神龍の化身
その神話は真実であった
生き残った秩序の神龍と混沌の神龍は互いに同じ事を思った
「あの人間に、関わるのはよそう……」
そう願っていたにも関わらず、あの非常識な小さな存在は再び、月の欠片を地上へ落としてみせたのである
人間の時間にすれば数十年ぶりだが、悠久を永らえる神龍にとっては、まさに昨日の今日の出来事であった
「クレセント」
「此処に」
秩序の神龍の呼び掛けに、金色の瞳の少女が跪き控える
神龍は月そのものでも在るが、こうして使徒と語らう際には、近しい人型として顕現する時が多かった
金色の魔鏡に、遥か地上に住まう恐るべき異能の少女の姿が映し出される
隻眼の魔女ペンティアム
外見上、歳をとらないだけで無く、実際に肉体と精神の「老化」を制御してしまっている人類の「特異点」は、並び立つもうひとりの少女と何やら話していた様だが、ふと、視線をこちらへ向けた「ヒッ?」目が合って神龍は慌てて魔鏡を消す
普通に考えれば、有り得ない
人間に見える筈が無いのだ
「月」は見えても、神龍たる自分の存在を捉えるなど、絶対に不可能な筈なのだ
しかし、アレは違った
「調和」の神龍の本質を完全に理解し、例え核爆発で粉々にしても決して滅する事は叶わぬ存在だと理解し、ブラックホールの中に魔王ごと封印し続けているのだ
一体、何を考えているのだろう
その虹色の瞳は何を見据えているのだろう
「クレセント」
「はい」
「あの人間が何を為そうとしているのか探るのです」
「はい」
クレセントと呼ばれた少女は、必要以上の言葉は、発しなかった
成すべき事は授けられたのだから、それで良い
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