第5話 封印の剣


聖教会本部大聖堂の奥に高さ10mは有る大理石の女神像が鎮座し、その足元に聖歌隊が並び厳かな讃美歌を奏でている

 ステンドグラスから射し込む陽光に照らされ、神秘的な雰囲気の只中で聖女ウリエラの聖句朗読が続けられる


 抑揚をつけながら語られる聖書の一節は、まるで歌っているかの様に聴く人の心を惹き付け、集まった信仰心が床面全体に彫り込まれた魔方陣を薄く仄かに煌めかせ、ドーム状の天井にも反射して女神の奇跡を体現しているかの様な錯覚さえ覚える

 実際、彼女の周りには誰が召還した訳でも無いにも関わらず、幼児の姿をした天使が降臨し飛び回って祝福を授けている


 朗読を終え、彼女が聖印を切ると集まった信徒達も一斉に跪き、或いはひれ伏して一心に聖印を切り中には涙する者さえ居る

 老若男女、農民も商人も貴族でさえ関係無く、聖句の一節を口ずさみ聖印を切りながら列を成し、聖女の傍で寄進を受け付ける司祭の元へとやってくる


 ウリエラは数百人も並ぶ信者ひとりひとりに声をかけ、祝福を与え続ける

 あるいは病を癒し、怪我を治す奇跡を施すその姿はまさに「聖女」の求められる姿そのものなのだろう


 ウリエラの類い希な能力は「治癒」だけで無く「治療」さえ可能な点だ

 ミカエラも使える「治癒」の聖魔法は、文字通り人が本来持つ自然治癒力を補助し加速させる奇跡だが、ウリエラは病気や怪我の根源に作用する事で欠損部位の回復さえ可能としてしまう


 しかも、これが未だ成人前の僅か14歳の美少女が奇跡を発現させるのだ

世界各地で吟遊詩人が唄い称しもて囃す

 人気が出ない訳が無い


 聖王国以外からも、ウリエラの奇跡をひと目見よう、救われたいと聖都に人々が集まって来る

 その信仰心そのものが、魔王の封印の力の源であり、時間が経つ程に強化されてゆく仕組みであった


「良く考えたわよねぇ」


 この封印を発案し、聖都を構築したのは他ならぬミカエラの師匠、「聖光の大賢者」「隻眼の魔女」こと聖教会大司祭ペンティアムである


 ウリエラが聖女に成ってから、聖王国の財政は右肩上がりだそうだ

 彼女を直弟子にしたのも、今となっては全て計算ずくだったのでは?とさえ思える


 なにしろ彼女を聖女に推薦した事が切っ掛けで、聖教会教皇の座が移動した位だ

 女神様の寵愛を受ける「無垢なる魂」の存在は、それ程までにセンセーショナルな出来事である

「無垢なる魂・無限の魔力」

 

 何しろ、どれだけ聖魔法を行使しても魔力切れを起こす心配が無いのだ

 肉体的、精神的な疲労すら自らの聖魔法で自動的に解決してしまい、無期限に奇跡を起こし続ける事さえ可能だ


 しかも当の本人が、それを幸せだと感じている


 道義的にも倫理的にも問題は無い様に見えるが、ウリエラは本当に幸せなのだろうか


「ワーカホリックよねぇ……」


「また何か失礼な事考えてるわね?」

「わっ!ビックリしたぁ?」


 柱の影からそっと様子を伺って居た私の後ろに、何時の間にか師匠が立っていた


「あの子はね、封印の剣なのよ」


「封印の剣?

 って言うか師匠、今心臓動いてました?

 全っ然、気配を感じなかったんですけど?」


 私は師匠の言い付けで、寝ている間も常に周囲の気配を探る魔力を展開し続けている

 魔物を相手どる巡業聖女としての心構えのひとつだと諭された


「失礼ねぇ、当たり前じゃない」


 本当だろうか?

師匠なら何でも有りな気もしてくる

 すでに人間辞めていると言われても、信じてしまいそうだ


「また何か失礼な事考えてるわね?」


 疑いは確信に変わりつつある 

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