第4話 大司教と言う名の特異点
見習いシスターのデュアルコアは特別な許可が無いと大司教への謁見さえ許され無い
「では私はここで失礼します」
本部付きの司祭に彼女を預け、ウリエラと二人で回廊を進む
「相変わらず無駄に豪勢な建物だわね
一体、幾らかかったのかしら」
「まあ、お姉様
女神様の御威光を広く人々に知らしめる為に必要な措置なのだそうですよ?
そんな事を言っては罰当たりと言うものですわ」
ウリエラは女神像を見上げながら聖印をきる
マジで言ってるんだよなぁ、この娘
教会の教えを信じて疑わない
いや、そもそも人を疑うと言う事を知らない
本部付きの司祭連中が、純粋無垢な天才少女に好き勝手に理想を刷り込みやがった
師匠直々に魔法の修行を行った結果、僅か10歳で聖女の試練に合格したばかりか、穢れを知らない純粋な信仰心は女神様の寵愛と言う前代未聞のスキルを開花させ、大司教を遥かに凌ぐ聖魔法の使い手と相成った
師匠直々にってのは私と同じ立場の筈なんだけど、この差は何だろうか?
やがて無駄に豪華で大きな扉の前に到達すると、扉の脇に待機していた聖騎士に大司教への謁見を希望する旨を伝える
「聖女ミカエラ様とウリエラ様ですね
大司教様がお待ちでございます」
既に話は通っていた様で、重そうな扉が音も無く開かれる
扉の割に質素な室内に、これまた重そうなテーブルに向かう黒髪の女性が居た
「ああ、来たか
少し待っていてくれ」
暫く書類の束に眼を通してから、サインを済ませると改めて口を開く
「西方辺境領の巡回、ご苦労だったなミカエラ
三月振りか?」
「108日振りですわ大司教様」
すかさず突っ込みを入れるウリエラに苦笑しながら卓上のケースから煙草を取り出し火を着ける
ライターもマッチも使わず着火した魔法は、ペンティアム以外の誰も想像すら出来ない暗黒魔法の応用だ
「ウリエラは大聖堂で聖句朗読の後は予定が空いていたな?
久し振りの再会だ、積もる話も有るだろう」
「そうですわ
お姉様、一緒にお昼ご飯を頂きましょう」
大きな瞳いっぱいにお星さまをキラキラと煌めかせ両手で私の手を握って熱弁する
「そうだね、楽しみにしているよ」
「では、私はお先に失礼致しますわ」
可憐に聖印をきり挨拶を済ませるとウリエラは退出する
ペンティアムはキャビネットからウイスキーのボトルとグラスを2つ取り出し酒を注ぐと、1つを私に押し付けた
「遠慮はいらん
私を相手に猫を被るのはやめろ」
グラスの中には大きな丸い氷が浮いている
理屈は判らないが、師匠が魔法で出現させたのだろう
覚悟を決めて中の液体を一気に煽る
思いの外熱い酒精がカッと喉を焼く
「報告書は読んだ、
また西街区で活躍したらしいな」
ああ、嫌だな
孤児だった自分を育ててくれた師匠に叱られるのは辛い
親の顔も知らないが、きっと母親に叱られるってのはこんな気分なのだろう
「ちょっと調子に乗りまして…反省してます」
「何を言ってる?
街に潜む不逞の輩を退治したんだ、胸を張れ」
「え?」
心底合点がいかないと言う顔で師匠を見返すと、空いたグラスに酒を注いでくる
「私が何故、お前を巡業聖女に仕上げたと思ってる?聖王国の民の安全を護る為だ
その為なら手段も選ばんし、何も遠慮は要らん」
「てっきり叱られるのかと思いました」
師匠は煙草を消滅させ、前髪をかきあげると、片目を隠していた眼帯を外す
「魔眼」と呼ばれる虹色の双貌が私を見つめている
「魅了」の魔力が籠った「支配の瞳」だ
魔王封印戦争に勝利した後、人類は師匠の強大過ぎる力を畏れたが、倒す事すら叶う筈も無い圧倒的な力の差から、永遠に魔王を封印し続ける代償に聖教会大司教の地位を与える決定をした
その代わりに、人心を惑わす危険が有るからと「魔眼」封印を条件付けたのだ
気に入らなければ、たった独りで全人類を滅ぼせる力を已む無く披露してしまった師匠は、その身勝手な条件を受け入れ、以後数十年間の間、私の前以外では決して眼帯を外す事は無い
「隻眼の魔女」と異名をとる由縁である
師匠の虹色の瞳に見つめられると、弱い人間は心まで支配されてしまうらしいが、私は寧ろ温かく、優しい想いと自信が満ち溢れてくる気がする
きっと師匠の気持ちが魂にダイレクトに伝わってくるのだろう
思えば幼い頃から、褒めて伸ばされる事は有ったが、酷く叱られた経験は無かった
「師匠、ありがとうございます」
私は涙を流し、この数十年間容姿の変わらない不思議で偉大な魔女を抱き締めた
師匠も優しく私を抱き返してくれる
身長差の都合でちょうど師匠の胸元に顔が当たる
子供の頃の記憶と変わらない柔らかな感触に包まれる
「聖光の大賢者」ペンティアムは、自身が最も魔力の高い時期に合わせて肉体年齢を固定する呪いを自らに施している
その為、見た目には二十代前半にしか見えないが、少なくとも数十年前の魔王封印戦争の前から容姿は変わっていないらしい
実際の年齢は幼い頃に問うた記憶があるが
「ウフフ、さあ、幾つかしらね?」
と誤魔化されて以来、その時の師匠の作り笑いが恐ろしくて、聞いてはいけないのだと子供心になんとなく理解したものだ
「………なんか失礼な事考えてない?…」
「はっ?な、何の話しでしょうか?」
ヤバい
心の声が聞こえるのだろうか?
もしかして何千年も生きていたりしたら、そんな能力を会得していても不思議じゃ無いかもしれない
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