第3話 お姉ちゃん

 遠くで声がきこえる。

 そっと目をあけてみると、そこはもとの校庭だった。

 ――なあんだ。

 ぼくは気が抜けた。くだらない。ぼくはきっと昼寝して夢でも見ていたんだ。こんなコンクリートの便器がUFOのわけがないじゃないか! さあ、この物体の本当の正体をつきとめるんだ!それにしても校庭で遊んでるやつらの声はうるさいな……。

 ――あれ?そういえば今日は日曜日……

 ぼくはふり返って校庭の広いほうに目を向けた。そこでは日曜日だなんて考えられないくらい、ふつうの日の20分休みと同じくらい たくさんの子供たちが遊んでいたんだ!

 「キーンコーンカーンコーン……」

 学校のチャイムが鳴った。その音をきくと、校庭にいた子供たちはみんな、歩いたり走ったりしながら昇降口のほうに向かった。そしてまもなく 校庭には誰もいなくなった。

 ぼくは校舎の中に入ってみることにした。すると、どこの教室もドアがしまっていて、中から授業をしている声がきこえてくる。 ぼくは教室の後ろのドアを5センチくらいあけると、そこからそっと中をのぞいてみた。

 何気ない授業風景。

 どういうことだよ!今日は日曜日だっていうのに!

 「あ!」

 ぼくは声をあげてしまった。一番後ろの席にすわっていた子が、ぼくのほうをふり返ったからだ。目が合ってしまった。だけどその子は、 少しも驚かないで、それどころか、ぼくなんてそこに存在しないみたいにまた前を向いてしまった。

 あれ、と思ってぼくはドアをもっとあけて首をつっこんだ。誰も気がつかない。

 もっとあけて全身入ってみた。やっぱり誰も気がつかない。先生なんて、前に立ってずっと生徒のほうを向いているのだから、後ろのドアから 入ったぼくが見えないわけないのに、やっぱり知らん顔で授業を続けている。ぼくはポンポンと一人の子の肩をたたいてみた。ふり返りもしない。 どういうことだろう。本当にぼくなんてそこにいないみたいだ。

 ぼくはふと教室の壁に目をやった。カレンダーがかかっていた。だけど5年前のカレンダーだ。

 「川口さん。川口さきさん」

 「はい」

 ――え?

 先生にさされて、一人の女の子が立った。ぼくはびくっとしてそっちを見た。

 ――あれ?

 川口さきって……それにあの顔は!

 「姉ちゃん?!」

 そこは1年生の教室だった。今は6年生の姉ちゃんが1年生の教室にいるってことは、やっぱりここは5年前の世界なんだ!ぼくは 5年前にタイムスリップしちゃったんだ!

 ――あの「便所」はタイムマシンだったんだ。

 ぼくは教室を出ると、走ってあの謎の物体のところにいった。

 ――どうせタイムスリップするんだったら、5年前よりもっと昔がいいや。10年前とか、20年前とか。

 パタパタパタと廊下を走るぼくの足音が、授業中の校舎にひびいたけど、誰も注意なんてしなかった。

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