第5話

 10歩も歩けば川にたどり着く。昼間来た時、川から少し離れたテントを張るのに適した場所は先に来ていたバーベキューを楽しむ人たちでにぎわっており、その人たちの間でテントを張る作業をするのは気が引けたというのもある。ただ、川も小川と呼べるほど浅く穏やかな川であり、天気予報はしばらく晴れが続くということだったので、特に危険はないだろうという判断で川に近く周りに人がいない場所にテントを張った。その判断を今、眞規子はとても後悔していた。

 川岸に立ち、あたりを見回す。桜介の持って行ったランタンが目印になるだろうとあたりを見回したが、どこにもランタンの灯りを見つけることはできなかった。

「どこに行ったんだろう」

 川の水位は思ったより増えておらず、来た時とほぼほぼ変わらない水量だった。

「この水量で先まで流されちゃうってことはないだろうし」

 そう言いながら眞規子は改めて周囲に目を凝らす。すると、対岸で何か灯りが揺れているのが見えた。

「桜介!!」

 大声で叫んでみるが、雨音がすごく対岸までは届いていないだろうということは容易に想像できた。何かあったのだろうか。眞規子は、自分自身も対岸まで渡ってみることにした。


 小川の水かさは見た目は変わらないように見えたが、昼間より水の流れが速くなっているようで川に足を踏み入れた瞬間、足を取られそうになり焦った。なんとか踏みとどまり、対岸まで渡り終えると、ランタンの灯りらしきものが光っているところまで走って行った。

 川を渡り始めたあたりから雨は急激に弱まりはじめ、眞規子は内心ほっとしていた。ランタンの灯りは対岸の少し先の方に見えた。近づいてみると、ランタンを置いた後ろに人がうずくまっていた。桜介だ。

「桜介?」

 眞規子が呼びかけると、人影はビクッと体を強張らせた。近づきそばにかがみこみ肩に手をかけ、再び呼びかける。

「桜介、大丈夫?」

 するとようやく桜介は顔を上げた。

「眞規子……」

 桜介の顔はランタンの灯りで見ても真っ青なのが分かった。よく見ると体が小刻みに震えている。

「お、俺……川を……こ、越え……」

 怯える桜介をとりあえず立ち上がらせながらあたりを見回す。しかし、周りを見回しても何もおかしなものは見つからなかった。2人はびしょぬれになっている。このままでは風邪をひいてしまう。そう思った眞規子は一度テントへ戻ることにした。

「桜介、このままだと風邪をひいちゃうから、一旦テントに戻ろう。そこで話聞くよ。ね?」

 優しく呼びかけると、桜介は素直にうなずきテントに向けて歩き始めた。

 

 テントに戻ると二人はとりあえず靴と靴下を脱ぎ、それぞれ軽く体を拭き持っていた着替えを着た。それから、眞規子がリュックの中から缶コーヒーを出し桜介に渡す。桜介はそれを無言で受け取り、開けて両手に抱えて飲み始める。

 しばらく、無言の時間が流れていた。


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