第3話
8月に入り、暑い日が続く中、櫓形川は近所の子供たちやバーベキューやキャンプをする人たちで賑わっていた。川の水は冷たく、また、キャンプ場はたくさんの木々に覆われているため直射日光を受けることなく、また心地よい風が吹いていることで真夏の屋外でも快適に過ごすことが出来た。
そこに県外から来た一組の大学生カップル古見桜介と佐々木眞規子がいた。8月9日と10日の1泊2日の予定でキャンプをする計画だった。2人はアウトドア好きで、暇さえあればキャンプやトレッキングを楽しんでいた。今回、アウトドア雑誌に載っていた、いくつかあった雰囲気の良いキャンプ場の中から、ネットでも穴場で人が少なく過ごしやすいと評判のこの櫓形川キャンプ場を選んだ。
キャンプ場は、昼間はバーベキュー客や川遊びをする子供たちで賑わっていたが、日が暮れかけた頃から、そそくさと帰り支度を始め、みんな足早にキャンプ場を去っていく。その中の一組の家族連れの父親が、荷物をまとめて帰りがてらカップルに声をかけた。
「そろそろ日が暮れる。いくら今日まで大丈夫とは言え、早く帰るに越したことはないから日が暮れる前にあんたらも帰りなさい」
「はぁ……」
桜介が気の無い返事をするが、父親の方はそれだけ言うと家族を連れてさっさと帰ってしまった。
「感じ悪」
眞規子が相手には聞こえないよう小さな声でつぶやく。それから続けて桜介に話しかける。
「今の人なんだったんだろう、感じ悪かったね。それにしても、みんな帰っちゃってこうも静かだとなんかちょっと不気味だね」
「まあ、ネットにも穴場のキャンプ場で普段は地元の人たちで賑わうって書いてたしさ。みんな地元の人たちで暗くなる前に家に帰ったんじゃね?地元民ならわざわざ近場でキャンプなんてしないっしょ」
その言葉を聞き、眞規子も納得する。
「確かに、いくらキャンプ好きの私でも家近かったら夜は家に帰るわ。ふかふかの布団にはテントは勝てないわ」
そう言って2人は笑い合った。
完全に陽が沈む前に、2人は一緒に夕食の準備を始めることにした。キャンプ用のLEDランタンのスイッチを入れ、アウトドア用のコンロに火を点け、バウルーでツナとトマトとチーズのホットサンドを作った。それにスープジャーに入れて持ってきたオニオンスープもあるし、魔法板の中には氷を入れてキンキンに冷やしたアイスコーヒーが入っている。
ホットサンドはツナとチーズの間に挟んだトマトの酸味がチーズの濃厚さと相まって食欲をそそる。オニオンスープも玉ねぎの甘みがよく出ている。熱々の食事の合間に挟むアイスコーヒー。完璧な組み合わせだ。ランタンの灯りの下、2人は会話を楽しみつつ自然の中と言う最高の環境での食事を思う存分楽しんだ。食べ終わった後は、しばし何もしない穏やかな時間を楽しむ。それからおもむろに缶ビールを開け、2人で乾杯し、お互いが知らないそれぞれの高校時代のこと、大学の共通の友達のことなどを話題にしておしゃべりを楽しんだ。
話していると、パラパラと雨が降ってきた。2人は慌ててランタンを手にテントの中へ戻っていく。
「天気予報では晴れだったのに」
眞規子が少し残念そうな口調で言う。
「これもキャンプの醍醐味だな」
そう言いながら桜介はテントの中で横になる。その横に諦めたように眞規子も横になる。昼間の準備の疲れにアルコールが入ったこともあり、いつの間にか2人は眠りについていた。
テントに強く打ち付ける雨粒のボツボツと言う音で眞規子は目を覚ました。雨はあれから降り続いていたようだ。川は水嵩を増しているのか、ゴォゴォと力強く流れている音がする。もう少しテントを陸側に張っておけばよかった、そう思いながら眞規子は隣でまだ寝ている桜介を起こすことにした。
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