第二章 川を越える
第1話
昨日まで3日間降り続いた大雨が嘘のように晴れ渡っている。人間にとっては思わず鬱陶しいと思ってしまうほどの雨だったが、木々にとっては恵みの雨となったらしく、木々の葉は青々として艶めいていた。
この地域の小学校では、一学期の終業式が行われていた。5年生のある教室ではいかにもベテランの貫禄を醸し出す教師が、夏休みを前にしソワソワと落ち着かない子供たちをうまく静かにさせながら、夏休みに向けての注意事項を伝えていた。夏休みの宿題や登校日、休み中に何かあった場合の学校や先生への連絡方法など、ごくごく当たり前の伝達事項の中に、一つだけ奇妙なものがあった。
「みなさんも既に十分わかっていると思いますが、くれぐれも8月10日は
櫓形川と言うのは、この小学校から歩いて1キロほど行った所にあり、川の畔にはベンチなども設置され、キャンプをすることもできる市民の憩いの場のなっている川だ。夏場は子供たちの格好の遊び場となっていた。
その言葉を聞いた生徒たちの顔に恐怖の表情が浮かぶ。しかしそれも一瞬のことで、次の先生の言葉に子どもたちは途端に今日この後から始まる楽しい日々に想いを馳せ、笑顔になった。
「みなさん、くれぐれも怪我や病気には気を付けて、二学期にまた元気な顔を見せてください。夏休み中の楽しい話もたくさん聞かせてくださいね。それでは一学期はこれでおしまいです。気を付けて。はい、それでは日直さん、ご挨拶」
「起立、気をつけ、礼」
「さようなら」
子どもたちは学校終わりのお決まりの挨拶の後、わぁと喜びに満ちた歓声を上げながら、友達同士連れ立って下校を始めた。
先ほど教室を出た子供たちの集団が連れ立って歩いている。その少し後ろから遅れて男の子と女の子が歩いており、男の子が女の子に何やら嬉しそうに話しかけていた。
「やっと夏休みだね、嬉しいな。今日家に荷物置いたら優兄ちゃん家に遊びに行くつもりなんだけど、ひなちゃんも一緒に行く?」
「優兄ちゃん家?もちろん行くよ。楽しみ」
女の子はそう答え、少し考えた後、男の子に尋ねた。
「今日、先生が言っていた、あの、なんだっけ、ろかい川?ってなんのこと。どうして入っちゃいけないの」
「櫓形川だよ。船の櫓の形に似てるからそういう名前が付けられたんだって。そっか、ひなちゃんは今年転校してきたからまだ聞かされてなかったんだね。昔さ、その川で8月10日に洪水が起きて川沿いに住んでいた人たちがたくさん死んじゃったらしいんだ。それでその日は死んじゃった人たちが眠る日だから川に入っちゃいけないって言われてるんだ。」
「そっかー。じゃあ、忘れないようにパパとママにも話しておかないと。夏休みになったら近くの川にキャンプに行こうって言ってたから、たぶんその川のことだと思う」
女の子がそう言うと、男の子は首を力強く縦に振りながら、
「うん、絶対にそのほうか良いよ」
と応えた。それからしばらく歩いて分かれ道に差し掛かると、
「じゃあ、ひなこちゃんまたあとで」
「うん、私も直接優兄ちゃんのお家に行くね。悠くんもまた後でね」
そう言いながら、二人はそれぞれ自分の家に帰って行った。
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