第11話 志願
「怪我はそれだけ?」
六体のレッドキャップを一瞬で屠った女性が、自分の頬を指差しながら大希に訊いた。
「え……あっ、はい」
「そう。なら大丈夫だね」
凜とした声だった。やや低めで通りの良い声を持つ女性は、レッドキャップがドロップしたパチンコ玉ほどの大きさの地下層宮素材を拾い上げた。
「見ない顔だけど新人?」
「あっはい。今日から……」
「そう。それは災難だったね」
感情の起伏を表に出さない女性は、淡々とした様子で地下層宮素材を拾い終えると、切れ長な目で大希を一瞥した。
「じゃあ、あたしは行くから」
「あのっ……ありがとうございましたっ!」
大希が勢いよく頭を下げる。
「礼はいいよ。初日にレッド・トレインと遭遇して生き延びたんだ。あなたには運がある」
「レッド・トレイン?」
「レッドキャップの集団を押し付けられること」
「ああ……あの、お名前を伺っても?」
「……海宝瑠衣」
「海宝さん。本当にありがとうございました」
「だから、礼はいいって。じゃあね」
「あのっ……!」
立ち去ろうとする瑠衣を、大希は慌てて引き止めた。
「まだ何か?」
瑠衣は億劫だという表情を隠さなかった。
「俺を弟子にしてもらえませんか?」
「は!?」
「俺を弟子にしてください。お願いします!」
「弟子って……新人だから知らないんだろうけど、あたしはソロ専門なの」
「そこを何とか……お願いできませんか……!」
瑠衣は露骨に溜め息をついて見せた。
「弟子ってさあ……なんで、あたしなの?」
「本物の強さに触れたと直感したからです」
「……あなた、名前は?」
「三代大希です」
「三代……あなた、もしかしてクアッド・スキルの?」
「はい。そうです」
「そう、あなたがね……なら、条件を出す。お盆休み中、そうだな……十六日の夜までにレベルを十にすること」
「それで弟子にしてもらえるんですか?」
「レベルが十になってなかったら、この話はナシってことで。十六日の十九時に第一階層のカフェに来て。それでいい?」
「はい! ありがとうございます!」
元気に答える大希を見た瑠衣は、深い溜め息をついてから立ち去った。
瑠衣の背中を見送った大希は、その場に湧出したゴブリンを一撃で倒すと、ストレッチパンツのポケットからスマートフォンを取り出して計算した。
(ゴブリンを倒してレベルアップしたタイミングが、三、九、二十一体目。レベルアップに必要な数が三、六、十二体と二倍ずつ増えてる。このまま公比が二だとすると……レベル十に到達するのは……一千五百三十三体目。現時点で倒した数を引いて残り一千五百十一体。明日から本格的にレベル上げするとして五日間だから、一日当り約三百体……不可能な数字じゃない、はず……いや、絶対にやってやる)
計算が終わった頃に湧出したゴブリンを難無く一撃で倒した大希は、待たせている咲山に事情を説明するためにも第一階層へ戻ることにした。
大希は第一階層への階段に戻る道すがらゴブリンを十体倒した。
「あと一千五百体か……」
ぼそりと呟きながら、大希は階段を上がり第一階層に戻った。
大希が休憩エリアの中にあるカフェまで戻ると、咲山が駆け寄った。
「すみません。お待たせしました」
「お疲れ様です。無事で何よりです」
「はい。レッド・トレインというやつに遭遇しましたが、海宝さんに助けてもらいました」
「つい先ほど海宝さんから聞きました」
「あ、そうでしたか……」
「レッド・トレインにソロの新人が巻き込まれたと騒ぎになったところへ戻ってきた海宝さんが、自分が対処して三代さんは無事だと伝えてくれました」
「なるほど……心配をお掛けしました」
「いえ。それで、どうでしたか? ゴブリンとの初戦は?」
「問題ありませんでした。ユニークスキルのおかげです」
「それは良かった」
「咲山さん。もう一つ報告があるんですが……」
「何でしょう」
「俺は海宝さんに弟子入りしたいと思います」
「え!? 弟子入り、ですか? あの海宝さんに?」
咲山は驚きを隠さなかった。
「はい。弟子入りのための条件を提示されました」
「条件?」
「十六日の夜までに、レベルを十にすることです」
「そんな無茶な……」
「そうでもありません。先ほど計算してみましたが、不可能な数字ではありませんでした。これも、ユニークスキルのおかげです。やってみます」
「……もう決められたんですね?」
「はい。このチャンスは逃せません」
「そうですか……では、止めることはしません。しかし、意外ですね。無茶な条件付きとはいえ海宝さんが弟子入りなんてイレギュラーな話を受けるとは……」
「ソロ専門と言ってましたね」
「ええ、海宝さんは初のトリプル・スキル保有者で、現時点のトップ攻略士です。三代さんのことも軽く伝えてありました。今ではソロでの活動がほとんどで、一匹狼なんて呼ばれ方もしています」
「ああ……そんな感じでした。きっと無茶な条件も断るための口実なんでしょう。ただ、俺のユニークスキルなら不可能じゃない。この機会を生かしてみせます」
「……三代さんには驚かされてばかりですね。分かりました。どうぞ、思うように」
「ありがとうございます。何だか楽しくなってきました」
大希は屈託のない笑みを浮かべてみせた。
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