第12話 満ち足りた疲労
大希と咲山は連れ立って地下層宮を出た。
ゲートを覆うように建てられたプレハブを出た大希は空に目をやり、地上に戻った解放感のようなものを味わった。
(思ったより快適な空間だったけど、やっぱりダンジョンに潜ってたんだな俺は)
晴れ渡る真昼の夏空と、具体的な目標ができたことによる意欲とが合わさって、気分が良くなった大希は、このまま自宅に帰るのはもったいないような気がした。
「三代さん。おなか空いてませんか?」
「ぺこぺこです」
「神田に美味しい中華のお店があるんですが、良ければ一緒にいかがですか?」
大希にとっては渡りに船な誘いだった。
「ありがとうございます。是非、お願いします」
「では予約しますね」
「じゃあ俺は、買取所に」
「はい。登録証があれば手続きできますので」
「分かりました」
大希は地下層宮素材買取所に入り、ドロップアイテムの買取を済ませた。
本日の獲得分である三十三個のドロップアイテムに約百三十万円の値が付いた。
実際の金額を見た大希は、あらためて自分の立ち位置が変わったんだと感じた。
(明日からは毎日三百個、一千二百万になるのか……桁が違うな)
銀行の翌営業日には口座に振り込まれると聞いた大希は、来週には膨れ上がる預金残高を想像して昂揚する自分を抑えるために、意識して真顔を作ってから買取所を出た。
大希と咲山はゲートエリアを出てからタクシーに乗り込み、淡路町駅にほど近い中華料理店へ移動した。
本格中華を満喫した大希は、腹ごなしを兼ねてショッピングでもという咲山の提案に乗った。
タクシーで移動した銀座は、天候に恵まれた盆休み前の三連休の初日ということもあり賑わっていた。
散策を愉しんだ二人は、並木通り沿いにあるハイブランドの路面店に入った。大希は店内を漂う慣れない空気に緊張したが、もう緊張しなくていいんだと自分に言い聞かせた。
ドロップアイテムを収納するのに適したサイズのウエストバッグを購入した大希は、ついでとばかりに財布も新調した。
気が大きくなっているなと思ったが、気分の良い変化だと大希は自分を肯定した。
お調子者な自分を肯定することで、攻略士という新しい人生に踏み切る。過去の自分を捨て去る軽薄さで、新たな人生を切り開く。それが大希なりに考えた、心の折り合いの付け方だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝から大希は一人で、地下層宮に赴いた。
レッド・トレインを警戒しつつ、ひたすらゴブリンを倒し続けた。
一日のノルマである三百体のゴブリンを倒し終わり、地下層宮を出る頃には日が暮れ始めていた。
新たな目標に向っているという確かな充足感と、約一千二百万円という買取の金額を見ることで、満ち足りた疲労というものを大希は初めて感じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
八月十六日の夕刻。
大希の計算通りに、通算一千五百三十三体目のゴブリンを倒した時点で、大希のレベルが十に到達した。
「よっしゃあ……やったぞ……!」
大希は独りでガッツポーズして、達成感に浸った。
レベルアップで得られるステータスポイントは、ボーナスが付いて15ポイントとなっていた。
その頃にはデンプシー・ロールとクロス・カウンターというジョブスキルも習得していた。
それまでは敏捷と筋力を中心に、耐久にも少しステータスポイントを振っていたが、今後はジョブスキルも増えるだろうと考えた大希は、瑠衣にアドバイスをもらってからにしようと、ステータスの振り分けは後回しにした。
大希はウエストバッグからスマートフォンを取り出して時間を確認した。
十七時四十二分。
「よし……ちょっと早いけどカフェに行こう……!」
大希は逸る心を抑えられずに駆け出した。
第一階層のカフェに到着した大希は、すぐに瑠衣の姿を見つけた。
「……本当に来たね」
瑠衣はホットココアをすすっていた。
「レベルが十になりました。確認してください」
大希がステータスのウインドウを開こうとすると、瑠衣が首を横に振った。
「いいよ。わざわざ開かなくても」
「え?」
「三代さん、あなたがクアッド・スキルで、この五日間休まずに一日中ゴブリンを狩ってたのは知ってる。普通ならこの短期間でレベルを十にするのは無理だけど、経験値に関するユニークスキルを持ってるんでしょ?」
「はい。その通りです」
「オーケー、無理だと思った条件を出して、それをクリアされたんだ。認めるしかない」
「では、弟子入りを認めてもらえるんですか?」
「それなんだけど、弟子を取る気は無いんだ、今でもね。だから、パーティーを組むってことでいいかな?」
「あ、はい! もちろんです。よろしくお願いします!」
「あー、それと、あたしに敬語は必要ないよ。年齢だって、あたしのほうが下でしょ」
「俺は二十五歳です」
「あたしは二十歳。敬語はナシにしない? 年齢と攻略士の経験を相殺ってことでさ」
「そういうことなら……分かった。そうしよう」
「決まりだね。あたしのことは瑠衣って呼んで。海宝って苗字は好きじゃないんだ」
「了解。じゃあ、俺のことは大希で」
「うん。じゃあ大希、とりあえず座ったら?」
「ああ、うん」
大希は瑠衣と向かい合う席に腰掛け、カフェの店員をしている女性のワーカーにコーヒーを注文した。
「それにしても、この短期間でよくレベルを十まで上げたね。経験値五割増しのユニークスキルを持ってるあたしでも無理だよ、きっと」
「俺のユニークスキルは二倍なんだ」
「……マジで?」
「ああ、マジで」
「……そんなのアリ? 反則だよ」
「自分でもそう思う」
瑠衣が吹き出して、短く笑った。瑠衣の自然な反応を大希は初めて見た気がした。
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