第9話 レクチャー

「おいおい、いきなり一撃かよ……」


 大希の初戦を見守っていた宗形は、短い感想に驚きを含ませた。


「無駄のない速攻でのクリティカルヒットでしたね……」


 宗形の隣で目を丸くする晶は驚きを隠さず、端的に事実だけを口にした。


「ああ、偶然か、あるいは……」


 宗形はぽつりと独り言のように呟くと、ゴブリンがドロップしたパチンコ玉の半分ほどしかない小粒な地下層宮素材を拾う大希に近付いて声をかけた。


「大希。お前さん、格闘技の経験があるのか?」

「経験ってほどじゃないが、学生の頃にキックボクシングを少しだけ」

「そりゃあいい。どうりで攻撃に躊躇がないわけだ。デビュー戦の一発目でクリティカルヒットってのは初めて見たけどな。次は一撃で倒せなかった時のために二発目のことを考えておくといい」

「ゴブリンに個体差はあるのか?」

「いや、ほぼ無いと言っていい。強い個体は名前が変わる。ゴブリン・サージェントやゴブリン・キャプテンみたいにな」

「なら、ただのゴブリンが相手なら二発目は必要ないかもしれない。俺の攻撃は全てクリティカルヒットになるらしいから」

「全て!? ユニークスキルか……」

「ああ、そうだ」

「凄いな……強力なユニークスキル持ちは、影でチート持ちなんて言われるが、まさにチートだな、そりゃあ」

「ああ、俺もそう思う……おっ……!」


 大希から六メートルほど離れた地点に、突如として小さな発光体が出現する。

 発光体が弾けるように光る。その光が弾けて消えた地点にゴブリンが出現した。

 モンスターの湧出ポップを初めて目の当たりにした大希は落ち着いていた。


「二体目だな」


 大希が新たに湧出したゴブリンに狙いを定める。

 次の瞬間には、大希が地面を蹴っていた。

 一体目と同様に、右ストレートの一撃でゴブリンを倒してみせる大希。


「こりゃあ、俺の出番はなさそうだ……」


 宗形が半ば呆れた声を漏らした。

 大希は周囲に別のゴブリンがいない事を確認してドロップアイテムを拾ってから、宗形が立っている地点に戻った。


「ゴブリンが相手なら問題ないと思う」


 大希が素直に感想を伝えると、宗形は首肯した。


「ああ、そのようだ。アドバイスがあるとすれば、生身の身体ってことを忘れるなってことぐらいだ。敵の攻撃を受ければ現実の傷を負う。ヒットポイントが存在しないリアルな殺し合いだからな」

「分かった。慎重にいくよ」

「次のゴブリンがポップする前に、階段まで戻ろう」


 宗形に言われて、大希は第一階層と第二階層を繋ぐ階段まで戻った。


「階段はセーフティーエリアでな、モンスターは階段には入ってこない」

「モンスターにしては随分と聞き分けがいいな……」

「まあ、さらに下の階層が同じとは限らんがな」

「さらに下の階層の攻略はまだってことか?」

「ああ、まだ第二階層止まりだ。さてレクチャーの続きだ……レベルが上がった際のステ振りは、攻撃に特化するのもいいが耐久も考慮に入れることを勧める。特にレベルの低いうちはな」

「……分かった」

「もう一つだけ注意しとくことがある。一人でこのエリアを出ないこと。一キロほど奥に進むと、ゴブリン・サージェントがポップするが、そのエリアには一人で行かないように」

「そのゴブリン・サージェントってのが強いってことか?」

「いや。サージェント自体はそれほど強いわけじゃない。問題は初見殺しと呼ばれるレッドキャップだ」

「レッドキャップがいるのか」

「知ってるのか?」

「ゴブリンの上位個体としては定番だろ?」

「みたいだな……俺はゲームやアニメに疎くてな……攻略士になってから知った」

「そのレッドキャップがヤバイってことか」


 宗形が渋面をつくり首肯する。


「そうだ。サージェント以上がポップするエリアに、ごく稀にポップするんだが、一体でもサージェントやキャプテンより強い上に、速攻で倒さないと仲間を呼びやがる」

「仲間を呼ぶ?」

「レッドキャップとの戦闘が一定時間を越えると、周囲にレッドキャップがポップする。集団になったレッドキャップを単独で処理できるのは、現時点じゃ俺と海宝かいほう瑠衣、大元おおもと蒼志ぐらいだろう」

「三人? 攻略が始まって二ヶ月が経って七百人の攻略士がいるのに、未だにこんな序盤のイレギュラーで?」

「……地下層宮の攻略はゲームに似ているが、どこまでも現実だ。蘇生やら復活なんていうゲームライクなシステムが存在しない以上、慎重に動かざるを得ない」

「仮にヒーラーがいても、リアルな負傷や死を前にすれば躊躇するってことか……」

「そうだ。現に死者が何人か出てるからな……」

「……分かった。気を付ける」

「よし。じゃあ俺は次の新人が待ってるんで第一階層に戻るが、お前さんはどうする?」

「早く戦闘の感覚に慣れておきたいし、もう少しだけゴブリンを狩ってから戻るよ」

「そうか。咲山さんには俺から伝えておこう」

「助かる、頼んだ」

「じゃあ、またな。重々気を付けろよ」

「ああ、レクチャーありがとう」


 宗形と晶が第一階層へ戻るのを見送った大希は、単独でゴブリンとの戦闘を始めることにした。

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