第8話 アドバイス

「三代大希です。今日からダンジョンに挑戦する格闘術士です。よろしくお願いします」

「まあ、立ち話もなんだ。座りましょうか」

「はい」


 四人がテーブル席に腰掛けると、宗形の隣に座った小柄な男が大希に向って頭を下げた。


「宗形さんのポーターを務めている西園晶にしぞのあきらと申します」

「三代大希です」


 大希も軽く頭を下げる。

 宗形は静かな口調で晶を紹介した。


「晶は俺の専属ヒーラー兼ポーターで、二十一歳とまだ若いが口の堅い男です。その点は安心してください。三代さんも若く見えますね」

「二十五歳です」

「俺は三十になります。どうでしょう、お互いダンジョン攻略の要となるべき複数のユニークスキル持ち。敬語は無しにして、タメ口でいきませんか」

「では、お言葉に甘えて……俺のことは大希と呼んでくれ」


 宗形が昭和の俳優のような彫りの深さが際立つ微笑を浮かべる。


「助かるよ。堅苦しい会話は苦手でね。俺のことは宗形とでも呼んでくれ。で、大希。お前さんがクアッド・スキルなのは咲山さんから聞いてる。俺はトリプル・スキルだ」

「四人しかいないトリプル・スキルだってことは、俺も咲山さんから聞いてる」

「ユニークスキルの内容もか?」

「いや、そこまでは聞いてない」

「そうか。俺はソリッドという冠が付く三つのユニークスキルのおかげで、筋力と耐久が常時五割増しな上に、敵のクリティカルヒットを無効化できて、経験値も五割増しだ」

「ユニークスキルの内容を明かしてるんだな……」

「ああ、敢えてな。そして俺は新人の護衛役と指導役を買って出てる。ビギナーのうちに恩を売っておくのさ。それが今のところは俺の処世術だ」

「……ダンジョンは処世術が必要な場所ってことか?」


 大希の察しの良さに、宗形は微笑で満足を示した。


「その通り。何せ大金が絡むからな。ユニークスキル持ちってのは、持たざる九割から羨望される。特にトリプルともなれば、その羨望が嫉妬にいつ変わっても不思議じゃない」

「クアッド・スキルなら、尚更ってわけか……」

「ああ、お前さんは特別で、その分だけ注目される存在になっちまったってわけだ。気を付けておいて損はない」

「肝に銘じておくよ」

「よし。じゃあ確認だ。格闘術士を選んだ理由は?」

「ユニークスキルだよ。俺の両手は最高位の強度になってるらしい」

「そりゃあ格闘術士を選ぶしかないってユニークスキルだな」

「ああ、素直に選んだ」

「拳が強化されてるならナックルダスター系の武器は不要かな」

「格闘術士にも武器があるのか?」

「ああ、ほぼ必須だよ。そこは他のジョブと変わらん。武器や防具が使えるのに徒手空拳で戦う理由はないだろ?」

「なるほど……宗形は盾術士なんだよな? 盾が見当たらないけど」

「ゴブリン相手に盾は無用の長物だ。この鎧で充分に事足りる」

「防具が武器ってわけだ」

「ああ、それが盾術士だよ」


 宗形は自らの言葉にプライドを覗かせた。


「武器や防具ってのは全て鍛冶スキルで?」

「ああ、そうだ。地下層宮の攻略が始まった当初は、女神が最低限の武器を支給したらしいが、今は鍛冶スキルで錬成素材を錬成した代物だな」

「その錬成素材は、どうやって入手するんだ?」

「ドロップアイテムさ。モンスターがドロップするのは地下層宮素材だけじゃない。低確率で錬成素材もドロップする」

「なるほど」

「錬成素材を手に入れたら、おやっさんのところに持っていくのが定石になってる」

「おやっさん?」

「国村さんっていう鍛冶と鑑定に関するユニークスキル持ちさ。第一階層に工房を持ってる唯一の攻略士だ。後で顔を出すといい」

「ああ、そうするよ」

「さて、そろそろ行こうか。武器の調達が必要ないとなれば、早速だがゴブリン相手にデビュー戦だ」


 宗形は立ち上がると、ヘルムとガントレットを装着した。

 大希と晶も立ち上がる。

 咲山は座ったまま、大希に声をかけた。


「私はここで待機してます。お気をつけて」

「はい。行ってきます」


 大希は宗形の案内に従って、第一階層の奥へと進んだ。

 三分ほど歩いたところで、宗形が立ち止まった。


「第一階層から第二階層へ下りる階段は九カ所あるが、ここが最も近くて安全だ」


 階段は大きく幅の広いものだった。発光する苔のおかげで足下の不安も無い。


「階段を下りきったらモンスターの領域だ」


 宗形は階段を下りながら、大希に声をかけた。


「分かった」


 短く答えて階段を下りきった大希は、第二階層の地面を踏んだ。

 第二階層も第一階層ほどではないが天井が高く、発光する苔のおかげで明るかった。

 気温や湿度も第一階層と変わらない。


「早速だが、ゴブリンのお出ましだ」


 宗形が指差す方向にゴブリンはいた。

 身長は百三十センチほどで痩躯、暗緑色の肌に赤い双眸。右手には小型の簡素な斧を持っている。

 大希がアニメなどで見てきたゴブリンのイメージと差違はなかった。


「一体目は俺が手本を見せようか?」


 宗形がゴブリンから視線を外さずに、大希に訊いた。


「いや、やってみる」


 大希は端的に答えた。


「そうか。急所は頭だ。弱そうな見た目だがゴブリンは意外と素早いぞ。気を付けろ」

「分かった」


 ふうと一度だけ大きく息を吐いた大希が一歩前に出る。

 大希とゴブリンとの距離は八メートル前後。

 ゴブリンは明らかに宗形を警戒しているように見えた。


「お前の相手は俺だよ」


 大希が地面を蹴った。

 自分のダッシュ力に大希は驚いた。八メートルなど一瞬の距離でしかなかった。

 大希はゴブリンに迎撃の余地を与えなかった。

 ゴブリンの眼前で急制動した大希は、即座に右ストレートでゴブリンの頭部を狙った。大希が凄まじい速さで繰り出した右拳の軌跡に、鮮やかな水色の光が重なる。

 ゴブリンの顔面にめり込む右拳。

 頭部を変形させたゴブリンが後方に吹っ飛ぶ。

 ゴブリンの頭上に表示されていたモンスター名が赤く明滅して、ふっつりと消える。

 紫色の微細な粒子となって、ゴブリンは霧散した。

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