第7話 地下層宮

「これがゲートです。見た目は大仰ですが、実際に入ってしまえば抵抗もなく異空間に転移します。では、入ってみましょうか」


 咲山に促され、大希は静かに首肯した。


「はい。じゃあ……」

「まだ緊張する必要はありませんよ。第一階層にモンスターは湧出しませんから」


 大希の緊張をほぐすように微笑を浮かべた咲山が、躊躇の無い足取りで先にゲートへ入った。

 ふうと小さく息を吐いた大希は、ゲートに足を踏み入れた。

 一瞬の浮遊感と視界の暗転。

 次の瞬間、大希の視界に広がったのは広大な空間だった。大希がダンジョンと聞いて想像していたものとは、規模がまるで違っていた。

 天井は高く、奥行きに関してはどこまで続いているのか分からない。


「広いですね……」


 大希はぽつりと素直な感想を漏らした。


「ええ、広いんです。測量の結果は約十一平方キロメートル。文京区とほぼ同じ面積があります」

「そんなに……しかも明るいんですね」

「高さが十メートルほどある天井部や壁面には、発光する苔に酷似した植物がびっしりと自生しています」

「ダンジョンの中とは、とても思えないです……」

「存外に快適な空間ですよね。温度や湿度も一定なんです。当然ながら空気中に有害な物質も検出されませんでした」

「少し涼しいぐらいで、確かに快適ですね」

「まずはロッカーを確認しましょうか」


 咲山に先導されて、大希は大量のロッカーがずらりと並んでいるエリアに移動した。

 三代大希という名前が入ったロッカーの前で、咲山が立ち止まった。


「これが三代さんのロッカーです」


 咲山がロッカーのカードキーを差し出す。大希はカードキーを受け取ってロッカーを開けてみた。


「大きいですね……」

「特注の自立型ロッカーです。高さ二百三十センチ、幅と奥行は百五十センチあります。格闘術士の三代さんには一つで充分かと思います」

「一人で複数のロッカーを使用する攻略士もいるんですか?」

「ええ、盾術士などは装備がかさばりますから」

「なるほど……」


 大型のロッカーを二人掛かりで運ぶ中年の男性たちが、大希の視界に入った。


「あの人たちも、ゲートの中にいるってことは攻略士なんですよね」

「そうです。特異空間対策庁と雇用契約を結んでいる攻略士で、通称はワーカー。ポーターやサポーターを兼務している場合も多いです」

「雇用契約ですか」

「最低賃金は約五倍なので、モンスターとのバトルではなく、地下層宮内の作業だけで生計を立てる方も少なくありません」

「時給五千円以上ですか……好待遇ですね攻略士ってのは」

「三代さんにとっての好待遇という一面は、地下層宮素材の買取額で実感するかと思います」

「買取額……いくらなんですか?」

「一グラム四万円です」

「金の四倍ですか!?」

「人類にとって夢の素材です。それでも安いと個人的には思います」

「モンスターは、どの程度の重さをドロップするんですか?」

「最初のモンスターであるゴブリンで約一グラムです。未だにデータの蓄積が少ないので断言はできませんが、モンスターの強さに比例してドロップアイテムは大きくなると思われます」

「ドロップアイテムの比重は一定なんですか?」

「はい。現時点で確認されているものは一定で、アルミニウムとほぼ同じ比重です」

「アルミですか、一グラムってことは一円玉と同じ大きさってことですね」

「ドロップアイテムは球体なので、ゴブリンがドロップするものは、かなり小さいものです」

「見つけるのが大変そうですね……」

「いえ、その心配はありません。倒したモンスターは霧散して消滅します。倒した地点に真っ白な物体として現れるので、見つけるのは存外に容易です」

「消滅するんですか……まるでバーチャルゲームみたいなウインドウの表示といい、どういう仕組みなんでしょう……」

「それは私にも分かりません。女神イナンナは地下層宮のシステムに関しては一切を黙秘しています」

「そうですか……」

「そろそろ待ち合わせの時間ですね。移動しましょうか」


 咲山に案内され、大希は休憩エリアに移動した。

 広い休憩エリアの中にあるカフェが待ち合わせ場所だった。

 銀色というよりは鈍色に近いプレートアーマーを身に着けた男は、椅子に腰掛けて加熱式タバコで一服していた。

 頭部を覆うヘルムと前腕から指までを守るガントレットは外しており、黒髪の短髪に彫りの深い顔であることは見て取れた。


「お待たせしました。宗形むなかたさん」


 咲山が声をかけると、宗形はゆっくりと立ち上がった。

 それに合わせるように、宗形の隣に座っていた小柄な男も立ち上がる。

 身長百七十九センチの大希よりも数センチ高い身長の宗形は、全身を覆うプレートアーマーを身に着けていることもあり、立ち上がるという挙動だけでも迫力のある男だった。


「いや、いま来たところですよ」


 宗形は低いがよく通る声の持ち主だった。


「紹介します。三代大希さんです」


 咲山が大希を紹介すると、宗形は大希の前に進み出て右手を差し出した。


「宗形晃太こうたです。先月からダンジョンに潜ってる盾術士です」


 大希は握手に応じた。宗形の手は分厚く堅かった。

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