第5話 特別

「では三代さん。攻略士の登録を済ませてしまいましょう」


 イナンナがいた会議室から退室した咲山は、そう言って微笑んだ。


「はい。お願いします」


 大希は咲山に案内されて、ビッグサイト会議棟の六階にある会議室へ移動した。

 仮設の狭いブースではなく広い会議室になっただけで、大希は自分の立ち位置が変わったように感じた。

 攻略士登録の手続きは、契約書や銀行口座振込同意書にサインと押印するだけで終わった。


「書類はこれで揃いました。三代さん、本日のご予定はお有りですか?」

「いえ、特にありませんが」

「よろしければ、一緒に食事などいかがですか? 諸々の細かい説明は移動中にでも」

「……はい。お願いします」


 咲山の提案は大希にとって意外なものだった。

 

「何か気に掛かる点がありましたか?」

「いえ……食事というのが少し意外だっただけです。手続きや説明は事務的に進むものだと思っていたので」

「三代さんは特別です。初のクアッド・スキル保有者ですから。当分の間は私が全てを手配します」

「全ての手配……ですか?」

「そうです。現在の勤務先への退職手続きから新居選びに至るまで」

「新居?」

「ゲートがある鶯谷公園跡地に徒歩で通える物件を拠点としたほうが、何かと都合が良いと思います」

「なるほど……」

「私は諸々の用意を済ませてきますので、ここで少々お待ちください」


 咲山が書類一式を持って会議室から退室し、大希は独りになった。

 自分の人生が変わるんだという実感が込み上げて、大希は武者震いした。


「俺が、攻略士か……それも、特別な……」


 ぽつりと呟いた大希は、不安を感じていない自分に気付いて驚きを持った。

 大希は自分の性格を、常に不安が先に立つ心配性だと思っていた。

 もう既に自分は変化しているのか? 大希は胸の内で自問した。

 自分の無力さと怠惰に憤り、その怒りだけを原動力に選択した上での結果を、すんなりと受け入れている。特別だと言われ舞い上がってすらいる。

 そんな自分の軽薄さを思った大希の脳裏に、洋香の顔が浮かんだ。


(俺がもっと早く、六月の段階で攻略士になっていたら違ったのか……いや、それでも遅かったのか……)


 大希は自らの問いに答えを出せなかった。

 咲山は十五分ほどして会議室に戻った。


「お待たせしました。移動しましょう」


 ビッグサイトの関係者用駐車場で高級セダンの後部座席に乗り込んだ大希は、銀座へと向う静かな車内で、隣に座る咲山から説明を受けた。


「今のうちにステータスを確認しておきましょうか」

「え……今できるんですか? ダンジョンの外でも?」

「可能です。攻略士は異空間の外でも攻略士。三代さんは既に覚醒しています。右の手のひらを前に向けて、ステータスと言えばステータスウインドウが開きます」


 大希は右手を広げて前に向けた。


「ステータス」


 大希が呟くと、前方の空中に半透明で淡い緑色の光を帯びたウインドウが開いた。

 現在のレベルとステータスの数値が表示されている。

 レベルは1。各種のステータスも1となっていた。

 筋力と敏捷の数値の横には、括弧が付いていており括弧内に1.5と表示されている。


「まるでバーチャルゲームのプレイヤーにでもなったような気分です」

「私もそう感じました。拝見してもよろしいですか?」

「ウインドウが見えるのは、開いた本人だけじゃないんですね」

「攻略士なら見ることができます」

「咲山さんも攻略士なんですか?」

「はい。残念ながらユニークスキルは持っていませんが、攻略士ではあります。攻略士のうち二十四名が特異空間対策庁に籍を置いています。攻略士の中ではオフィサーと呼ばれています」

「オフィサー、ですか」

「ドロップアイテムの運搬役であるポーター、鍛冶などをメインに行っているサポーター、ジョブで治癒術士を選んだヒーラー、地下層宮内の作業を担当するワーカーなど攻略士の役割分担は様々です」

「攻略士って何人いるんですか?」

「現時点での登録者は約七百名です」

「七百……」

「募集を開始してから二ヶ月強しか経っていないので単純な比較はできませんが、士業の登録者として考えるなら圧倒的に少ないです。弁護士は四万人、弁理士でも一万人ですから」

「五千人に一人ってのは本当なんですね」

「すでに約三百五十万人の応募があり、適応者は約七百人。連日五万人近い応募があって、そのうち適応者は十名ほど。今後も比率は変わらないでしょう」


 大希は具体的な数字を聞いて、自分の立ち位置が変わったんだという実感を強くした。


「数字を聞くと攻略士って少ないんだなと感じます」

「その少ない攻略士の中でも、三代さんは現時点で唯一のクアッド・スキル保有者なんです。特別なんですよ」


 咲山は微笑を浮かべると、大希に身体を寄せるように座り直した。

 肩と肩が触れる距離に大希はどきりとした。

 咲山がつけている香水の香りが、大希の鼻腔にやわらかく届く。


「まずは初期ステータスの振り分けを済ませてしまいましょうか」

「最初のステ振りってやつですね」

「三代さんは、ゲームに触れてきたようですね」

「実際にゲームをプレイした時間は少ないと思いますが……」


 大希の含んだ言い方に、咲山が小首をかしげる。


「実際のプレイ以外でゲームに触れていたんですか?」

「あ、はい……主にライトノベルで……」

「それは好都合です」

「え?」

「ライトノベルに触れてきた方は、この特異な状況に対して適応が早いんですよ」

「ああ、なるほど……それは分かる気がします」

「では早速、初期ステータスポイントを振り分けてしまいましょう」

「そうですね……ユニークスキルのおかげで筋力と敏捷が常に五割増しですから、そこを活かす形に」

「それが正解だと思います」

「じゃあ、最初は筋力と敏捷に集中して……」

「極端に偏った振り分けは、通常であれば避けるように伝えますが……三代さんの場合は有効かもしれませんね」

「……一応、耐久にも振り分けておきます。生死が懸かってる数字ですから」

「はい。それが得策かと」


 大希はステータスウインドウに指を伸ばし、直感的に触れた。

 ステータス表記の横にある+のボタンをタップして、初期ポイントの50を筋力と敏捷に20ずつ振り分け、残りの10を耐久に振った。


「ん……?」


 大希は全身に弱い電流が走ったような痛痒さを感じた。

 それを察した咲山が、大希に微笑みかける。


「身体に違和感がありますよね。三代さんの場合は主に筋肉の質が一気に変化した影響でしょう。すぐに慣れますよ」

「ああ……それで」

「次は、この右上のユニークスキルという表示をタップしてください」


 咲山がステータスウインドウの右上を指差す。

 大希は咲山の吐息を近くに感じながら、言われた通りにユニークスキルというタブをタップした。

 別のウインドウが開く。

 ユニークスキルのウインドウには、イナンナが言っていた大希が保有する四つのユニークスキルが表示されている。

 表示を見た咲山が息を呑んだ。

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