第31話 引っかかったなメンヘラ女

「さて」

先ほどまで俺たちを除いて誰もいなかった公園に人だかりが押し寄せてくる。

「通知、来てるの?」

「ブロックしたからわからん」

「智様の手を煩わせるわけには参りません」

「そーそー。ねえ、あれ乗らない?」

結愛の指が示す方向にある物は、公園の小池にあった小さいアヒルボート。

視線だけで頷き合い。ボート乗るためのいざ乗り場へ。

「今までこういう乗り物って中々乗る機会がなかったし、新鮮ねー」

「わかる、青春っぽい何かしたくても除外されるよね」

「むしろ青春にこだわり過ぎてしまい、観覧車から離れなくなることも結構ありました」

「ボートって一人乗りって思いこんじゃってるとこあるな」

「めっちゃそれ、あははウケるー」

俺、結愛が前に乗り、美晴さん、レナ先輩順で後部座席へ。

俺を除く三人でじゃんけんした結果、結愛が勝ち前の席に連れ込まれた。

昼から淫猥だかなんだか食後とは思えないネジ飛ばした会話がいくばく交わされた挙句、後部は適当に座ることに。

レナ先輩の何かを悟ったかのような“一緒に乗るから意味ある”と一言の効き目がヤバいとしか言いようがないな。

まぁ、代わりと言っちゃなんだけど俺と結愛でペダル漕ぐ係になったけど。

食後の運動には持って来いだ。

夏じゃなかったらだけどな。

「さとし君」

「どしたん?」

「汗流す姿、エロ過ぎるよ?」

「眼福でございます……」

「ちょっとね? 私見れてないよー? ペダル漕ぐのしんどいの変わって?」

「お前らも、はっ、かなり汗かいてるだろ? 結愛なんて、うなじに汗粒垂らしてかなりエロいけど」

「余裕ぶっちゃって、クソ! 犯す、絶対」

「結愛ちゃんの指定席だよね? 今だけはパスかなー」

「わたしも、後部座席の良さがわかる瞬間がくるとは思いませんでした」

「欲情したメス犬どもが……」

「今のセリフ、智様にお願いしてもよろしいでしょうか? はい、お願いします♪」

「美晴壊れてるけどー? メス犬先輩、水分取らせてあげて?」

「わたしもいわれてみたい……」

「熱に浮かされたのね……」

「軽い熱射病じゃねぇか? 一旦戻すぞ」

「ううん、戻さなくていーよ。本当頭バカになってるだけだから」

この炎天下に池の上をかけてるんだ。

湿度も相当ヤバい。

さっきからじわっと嫌な汗が垂れて来てる。

身体が特段弱い人はいない、三人ともむしろ丈夫過ぎる方だ。

けど天気にやられるって身体は関係ないって身をもって体験してるため、正直心配だ。

俺もさっきからペダル漕ぎまくっててボーっとしてきてるし。

「智様……」

「さとしくぅん……」

「……」

「ねぇ……」

「お願い……」

「うっせーぞ。欲情したメス犬どもが」

「んゎっ……♡」

「んぎっ……♡」

「はぅ……♡」

いかん。

熱に浮かされて口が滑った。

「さとしくん……」

「さとせんぱいー?」

「さとしさまぁ……」

「いいから戻るぞ! 文句は受け付けん!」

「「「はい♡」」」

綺麗なハーモニーだな。

視線が先ほどより熱くなってる。

てかマジで熱い、このままじゃ絶対脱水症状起こすってレベルだ。

ここでおっぱじめてもぶっちゃけ問題にはならないけど、死ぬのはごめんだ。


「はぁ……はあ……」

「ごくっ……ごく……ぷはぁ」

「カラオケ、行こー?」

「賛成、歌わなくてもいいから涼しいとこで休みたい」

「近くに、一軒見つかりました。向かいましょう」

地上まで何とかこぎつけて自販機の水でなんとか脱水にならず済んだ。

けど、俺を含む四人の体力は著しく低下していて、とりあえず休む必要がある。

そんなわけで公園から抜け出して近くにあるらしきカラオケにGO。

「あづい……」

本能をフル稼働させてエアコンを最大出力で稼働させる。

涼むだけのつもりでとりあえず一時間コースにしといた。

「生き返るー!」

「脳がゆだるって、比較表現ではなかった……のでしょうか」

「死にかけたよ。初めてのさとし君がチラッと見えた」

「だからそのマウント何? やば、突っ込む気力すらねぇ」

「外は死に値するねー」

「……飲み物取ってくる」

「わたし、ついて行くー」

レナ先輩と二人でふらつきながらドリンクバーへ。

「とりあえず炭酸ない方にしよ」

「オーケー」

麦茶を四本ずつトレイに乗せてルームに戻る。

「ありがとー」

「ありがとう、ございます」

「死にかけみたいなふりやめれ」

今のはガチか。

全員ドリンクを一気飲みして涼むこと一時間。

夕飯にするには曖昧で、かと言ってどこか回るにも曖昧な陽が傾き始める午後7時前のこの頃。

さっきまでの強烈な陽光はなりを潜め、夜の帳が降りようとしていた。

池に反射したその対比が名所として挙げられるらしく、俺たちは公園に戻っていた。

俺を軸にして周りに佇む三人と水面に反射してもたらされた絶景を眺める。

胸の奥に渦巻く想いは、みんな一緒だろう。

夕飯は何しようかな。

久しぶりに酒でも一杯あおりたいし、結愛に相談してみるか?

デートの締め方を考えあぐねていたら、遠くから近づく影がチラッと伺えた。

地雷っぽい服を着飾る女性がこちらに近づいていた。

「さとし、久しぶり」

「どうして、電話出なかったの? ねぇどうして?」

「っ……!」

「一時間半ほど前から連絡してたのに、なんで? ねぇなんでなんで??」

「それに、この女どもは何?」

「なんであたしのさとしに近づいてんの? あんたら何?」

「さと君の嫁―」

「智様のか、彼女でございます」

「さとし君と未来を約束した仲だよ?」

「ふざけんじゃないわよ!!!」

目の前の女の雄たけびに野次馬どもが寄ってくる。

「なんだ?」「痴話喧嘩?」「男の方、めっちゃ女はべらせてるぞ」「やばいでしょ、あの地雷?みたいな服着てる子が彼女?」などなど。

様々な反応をあげつつ、興味を示し始める。

しかし、女性比率が圧倒的に多い。

「ギャーギャーうっせーな。耳取れちまいそうだわ」

「その女ども黙らせてって言ってるでしょ!」

「言ってねーだろ。エスパーじゃないのにわかるわけあるかよ」

「いいからそのメスども捨ててこっち来なさい! 浮気は大目に見てあげるから」

「俺の大切な女たちに何抜かしてんだ、あぁ? ざっけんなよ。俺たちの関係なんかとっくに終わってるんだぞ」

「うるさいうるさい!! あたしが彼女なの!!! ポット出の女なんかに渡すものですか! ええ!?」

「またヘラるのか? それが原因で別れよつったろーが。相変わらずだな」

「ごちゃごちゃうるさい! いいからこっち来なさい!! 説教よ!! 強引にでも連れていくわ!!」

「っ!」

がしっと俺の手首を握り、周りからまるで俺を守るようにあえて前に出て、結愛たちに宣言するよう高らかな声で目の前の女が言い放つ。

「嫁だ彼女だ未来がどうこう言いながら見守るだけ? はっ、笑えないわね。 口先だけの偽りの彼女よりやはりあたしが……!」

「待ちなさい!!!!」

「ひっ」

ピンク基調の地雷服を着飾る女が目を血走らせて包丁片手にこちらに駆けつけて来ていた。

「やっとね」

「ゆあ……」

「……っ」

「ポット出の分際で!!!!!」

ガチで出て来たか。

声が段々近づくにつれ、身体が萎縮していく。

「あたしの旦那様に!!!!!」

筋肉が歪み悲鳴をあげるみたいな幻覚が、脳を蝕もうとする。

「手をだす……ふごっ!?」

「手出したら殺すって言ったわ? クソアマ」

言いようがない恐怖を吹き飛ばしてくれたのは、いつか俺の人生の一部になっていた結愛だった。

理恵と名乗る得体知れぬ女性のみぞおちに結愛の回し蹴りが炸裂。

よろめきそのまま倒れた隙をついて包丁を蹴とばし、近くにあったボディーカード、元美晴さん直属の組員たちに回収させた。

「このっ……!」

「黙れ」

「うぐっ!? けほっ!けほっ!」

仰向けに倒れている女の顔面と首元に拳で一発ずつ殴りつけた。

ポキッ。

「キャぁぁぁぁぁっんぐっ!!!!?」

「汚ねぇ声だすなっつってんのよ。ええ? 私の旦那様の鼓膜汚さないで頂戴」

「んぐっ!?」

「拘束しなさい」

「はっ!」

どすっというより拳て太鼓叩く音が俺を刺したメンヘラ女の腹から鳴り響く。

よく見えないけど、音からして蹴り飛ばしたと思う。

続いて発する結愛の拘束命令に、辺りの野次馬と思わしき数名の女性、男性たちにより身柄を拘束される。

結愛のやつ、容赦ねぇ。

しかしさっきの音の鳴り方、絶対見えないとこ折ってやがった。

「大丈夫ですか?! 智様!」

「っぁ……やっば、力入りません……」

俺の手首を握っていた女、もとい美愛さん直属のボディーガードさんが倒れかけた俺をなんとか支える。

「智様!?」

「さとし君……ごめん、ごめんね。辛い思いさせて」

「いーんだよ。了承したのは俺だし」

「さと君、だいじょーぶ?」

「なんとかなぁ……」

結愛が元カノに当たっている際、他のメンツは俺のケアに当たってくれていた。

この前、声聞いただけで記憶が飛びかけてたんだ。過保護なくらいでちょうどいいレベルだったらしい。

身柄の拘束まで見届けてからゆっくりこちらに舞い戻り、優しく俺を抱きしめる。

「もうだいじょうーぶ。刺されない、傷つかなーい。私がいるわよー。ね?」

「……ああ」

「しかし、本当にあぶり出せるとは思いませんでした」

俺が倒れないよう支えてくれていたボディーガードさん、美羽さんが口を開く。

「わたしも半信半疑でしたが、本当こういうのに反応するものですね……つくづく常識が崩れて大変です」

「本当だな。今回はマジでレナ先輩様のおかげだよ」

「キャリーってこういうことかしら。おかげで危険分子がひとつ減ったわ」

「まだあるみたいな言い方やめろ。今、力入んないんだぞ」

「ごめーん」

のんきな声で返答する結愛。

ったく……とぼやき、手柄な二人、結愛とレナ先輩の頭を撫でつつ、二日前の説明を思い浮かべた。

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