第30話 デートって男女の出かけじゃなかったっけ?

駅前に繰り出してレナ先輩を待つこと三十分。

……なんて言えばデートポイント三点得点かもしれないイベントは起きず。

レナ先輩はすでに待ち合わせ場所の高い時計前のベンチについていた。

美女二人両腕に抱えた両手の華状態で女性と待ち合わせ場所に向かう。

ある種のロマンが叶い、ゲームで聞き馴染んだ『クエストをクリアしました』というアナウンスが流れた気がした。

「おまたせ、レナ先輩」

「おまたー。って、両手の華で来るのは想定外だねー」

彼女はスカートの丈のみ短くした白のワンピースというシンプルかつ凛とした己の雰囲気を程よく崩した格好をしている。

いつか褒めてたはずの、雰囲気を逆手に取ったスタイル。

「覚えててくれたんだ」

「さとし君の言葉は忘れるわけないよ」

言葉の意図が察したレナ先輩につられる形で微笑み合う。

「情緒、潰しといて正解ね」

「まったくです」

事実、潰されてなかったら別れることはなかったかもしれない。

結愛と美晴さんとは違う魅力をレナ先輩は持ち合わせている。

「じゃあ、行こ?」

スッと立ち上がって先を行くレナ先輩。

「ああ」

先導する彼女に連れられる形でデート先に向かった。

「でー何するー?」

飲み物から!って先輩のリクエストに従って各自飲み物を手に適当に駅前の商店街をぶらついてること数分。

真っ先に口を開いたのは俺の右腕にぶら下がるみたいに抱きついてる結愛だった。

「なにも考えてきてないの?」

「はい」

「まぁ」

「そうですね」

「キミたちさあ……」

三者三葉の返答だけど匂わせるニュアンスは一緒。

この世の終わりみたいな顔してるけど、どうしてだろ?

「さとし君もそう思うよね?」

「何が?」

「え、何とも思わないの?」

「だから何に対してだよ」

「はー」

やれやれって呆れました感を匂わせる頭ブンブン芸だ。

「この女、始末しとく?」

「処理でしたら他の子たちに任せますのでご命令を、智様」

「ここで調子乗ったら先輩の首ガチで飛びそうだから俺は何も言わないことにするよ」

「ちぇーくずやろー」

「腹を決めていただけるかと思いましたけど」

「残念でございます」とわざとらしくぼやく美晴さん。

知らぬ間にレナ先輩の命握らされていた件について。

「で、なんで急に頭ブンブン振ってんの? カフェラテ失敗したか?」

「これどうやら重症だよね。マズいわー……」

「はぁ」とため息をひとつ。

両サイドからの沸き立つ殺気に通行人ビビってるけど、知ったことじゃないので軽く無視。

話したいことがやっとまとまったのか、レナ先輩が口を開いた。

「今日はデートだよね? さとし君」

「だな」

「わたしとデートしてた頃、どうだったか覚えてるかな?」

「そうだな……プランを決めてそれを元に動く。念のため候補もいくつか頭に入れておく。だっけ?」

「エクセレントです! 今回はさとし君回復祝いのデートじゃん? 主役を楽しめるため、予めルート決めるものでしょ?」

「そんなもてなしみたいなデートは楽しみ合えるどころか肩こり起こさないか?」

「えっ」

ピタッとレナ先輩が急に立ち止まり、連なる形で俺たちもその場から動かなくなる。

心底信じられないといった顔だ。

「そんなにショックかなー?」

「デートって前日からどこ行くかで盛り上がって、当日はここいいねーとかここ外れだねーとか感想言い合いつつプラン通り動くものだよ?」

「頭かったーい。老害乙したー! だから捨てさせたのよ?」

「デートはその人と素敵なひと時を過ごすものですよ?」

「うん、わたしもそう思うよ? だからその素敵なひと時を作るためプラン立てるんじゃない?」

「概ね同意だけど……なんか息苦しくないか?」

「だねー。“決まった予定通り動く”は簡単に口にできるけど言うほど簡単じゃないよー」

「デートの内容、エロいことか健全なのか、あるいは両方なのか決めるのは大事ですがデート先で何をしてそこからどこに移動は変数が多すぎるかと」

「俺もそう思う。いちいち決めてたら頭追いつかないからなー。別にそのやり方を否定するわけではないけど」

違った良さはあると思う。

レナ先輩のデートは“安定を重んじる”であり、結愛や美晴さんのデートは“行き当たりばったり”だ。

俺もどちらかというと後者なわけで。

だからあんぐり口を開いているのだろう。

「先ほどみたいに突然カフェでテイクアウトするのがその一つでございます」

「適当にウィンドウショッピングしたりー新作ゲームないか巡ってみたりー」

「海の近くにいくついでに海の家でバカ高いソーダ頼んで飲みまわしたり」

「嘘、勢いだけとか聞いてない……無理、陽キャだったの?」

「人間関係にはせんえつながら口を出させていただいてましたのでそれはないかと」

「それはないかなー」

なんて、デートのタイプの話をしてる間にカラオケに着いてた。

「智様、カラオケはいかがでしょう」

「私はいいよー」

「昼飯とってからでいいかな? そろそろお昼ごはんの時間だよ?」

「そうね。近くに公園あったー?」

「弁当、用意してきたの?」

「残念ながら自称愛人枠の分はありませんので適当に済ませてきてください」

「ひどっ! 愛人差別だよ? 彼女だからって調子乗らないでね?」

「不思議ね。主語が主語だけに差別されてもいいんじゃないかなーって思えてきた」

「喧嘩売られた側のレナ先輩が加害者っぽく見えるミラクル」

最低限のモラルは残されてたと確認し、結愛と二人密かに安堵の息を漏らす。

見逃す二人ではなく、ターゲットはこちらに変更。

彼女と愛人コンビの猛攻を躱しつつ、地図アプリを使って最寄りの公園に移動した。

「はい! さと君、あーんしてー」

「もぐもぐ……」

「きゅんっ」

唐揚げあーんさせて優越に浸る結愛に。

「智様。食べ終わりましたらこちらの野菜もどうぞ」

「あーん、ですよ」

「もぐもぐ……」

「ふふっ」

野菜食べただけで慈愛に満ちる眼差しをする美晴さん。

「さとし君、ごはんだよ? あーんしよー」

「もぐもぐ……」

「えらいえらい」

えへへ。と、嬉しそうにはにかむレナ先輩。

「なぁ」

「何? 次は卵焼きいるー?」

「お口直しにお茶でも注ぎましょうか?」

「二段目のやつ欲しいんじゃないかな。伊勢海老見た目えっぐ」

これ剥くねーって一言足して作業に取り掛かるレナ先輩。

うわ、スルッと剥けた。手際いいな。

だからあの時も……。

「ご飯中にエッチな考えはよくなーい」

「むぐっ!?」

だからなんでわかるんだよ。

あ、だし巻き卵か。

美晴さんの卵焼きって大体甘めの味付けだけど、夏場の気温考えてか塩辛い味付けになってる。

さりげない気遣い本当身に染みるな……じゃなかった。

「ごくり。あのさ」

「なにー?」

「俺にも箸よこせよ。食べづらいだろ?」

「うーうん、全然? むしろご褒美ねー」

「ですね、かなり照れくさいものですが」

「合法的さとし成分補給はハカドルよ?」

「や、絶対食べづらいだろ……」

一口食べてはそのまま食べさせるを繰り返している真っ只中だ。

なんかかるーく目がイってるやつが一人いるけど……あ、結愛がさりげなくはたいて正気に戻そうとしてる。

「痛っ、何するの?」

「私の旦那様に尻尾振るなセフレ」

「ご飯取ってる最中に発情とかナンセンスの極みでございます。処しますか?」

「いやー間接キスに浸ってるの二人も同じじゃん」

「「……」」

「当り前なこと言うな、このバカ女は。みたいな目、やめて? 傷つく」

「軽くイきかけたやつに言われたくないわね」

「お嬢様に同じく。智様と食べ回しですよ? 日常の中の非日常でございますよ?」

「わからなくはないから悔しい。なんだろ、急に自分がすごい尊い行為に走ってる気持ちになった」

「ガチ恋に人は皆こうして進化していくのか……」

元々ヤンデレって言ってる(根拠が多すぎてキリがない)二人はともかく、ほぼ唯一の常識枠だった先輩まで……。

いや、よく考えてみたらレナ先輩も粘着質タイプだし、行き場失くしてたピースが元に戻っただけか。

「もらうばっかじゃ落ち着かねーの。俺にも食べさせろ」

「智様……」

「気遣い嬉しい、ヤバい。ホテルで食後運動しとくー?」

「キュン。ねぇ、今晩久しぶりに……」

「わーった、食べさせてくれてありがとう。続きお願いできる?」

「最初は私ね」

「お嬢様、もう再度監禁するのはいかがでしょう?」

「わたしは同意かな。こんなん外で一人で歩かせてたら食べられちゃうよ」

「お前らだけ境界線に片足突っ込んでね? ここ男女比バグってないぞー」

食べさせる発言だけで近頃はやってる男女逆転の世界みたいな発言が飛び交っていた。

発言は普通じゃないのに手だけはしっかり動かしてるのマジでバグってる。

「ご馳走様」

「お粗末様でしたー」

「腕によりをかけた甲斐がある食べっぷりでした。はぁ……」

「お粗末様さとし君。おいしかったの? 作ったのはわたしじゃないけど」

「すごく美味しかった。 食べさせてくれてありがとう」

結局、最後まで箸は握らせてはくれなかった。

終いには外で襲いかかるを匂わせる発言が飛び出したので大人しくいただくことに。

せめてものお礼はしたい。

「あっ……♡」

「うふふっ……」

「はぅ♡」

一人ひとり丁寧な手つきで頭を撫でさする。

今日のためだけに早朝、ぶっちゃけ夜明け辺りから色々仕込み頑張ってくれた美晴さんにだけハグ&頭撫でをしてやる。

「ふふっ」

「……」

先ほどまでの喧騒はどこへやら。

お互い声がなくなって、やがて木々のざわめき音がそっと無音状態となったこの一瞬を優しく包み込む。

視線をぶつけ合わせ、微笑み合う。

声を交わさなくてもお互いの気持ちがわかるような気がする。

夏風に運ばされる日差しは程よく火照っている肌にはとても暑くて。

けれど、どこか憎めない優しさを覗かせるものだから嫌いになれない。

そういう微かな矛盾がどこか愛しく思えてたまらない。

まるで、このデートのように。

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