第27話 結愛side『当たり前な恋の始まり』2
「好きです。私と付き合ってください!」
さと君に告白するモブ女の姿に、ショックを受けた。
「……ほんとショックだったわね、さと君が告白されて」
「恋に目覚めたの? 今の歪な結愛ちゃんにも、そういう初々しい時期があったの?」
「……言っとくけど、そういうモノじゃないわよ?」
当時の気持ちは今もはっきり覚えている。
盗られるかも。とか、私のなのにー! とか、そういうものではなかった。
人間、生きてみれば告白くらいされてもおかしくない。
けど、私はその当たり前に先輩は含まれないと思った。
私という日常があるのに他の非日常如きが出る幕はない。
この時、気づかされた。
私の恋は、ファンタジーみたいな盛り上がる恋でも、誰かに救われて吊り橋効果で引き起こされるものではない。
知らぬうちに始まっていて、気がついた時にはどっぷり沼にハマっている。
それだけじゃない。
最初で最後の恋は、この人しかいないと思った。
「さと先輩」
慌てている先輩に近づき、そっと声をかける。
「あ、ああ。結愛か。見てたのか?」
「うん、ばっちしね」
「コクられるとこ見せられたかー。なんかわりー気まずかったか?」
「まぁ、生きてみれば告白されてもおかしくなーい」
「そうだけどさー困ったなこりゃ」
「どうして?」
「そりゃ……や、お前には言えねー」
「なにそれ。後輩に説明をー! 裏に出ろー!」
「ここ校舎裏だから裏は心中するしかねぇ……」
「死ネタはいまどきはやらないよー」
「流行なのガチの方なの、アクセント微妙すぎてわからん」
「どっちもー」
「余計な気張ってて疲れ溜まるなぁ。わりぃけど今日はお暇していいか?」
「私の膝、先輩限定無料貸し出し中だよ?」
「んじゃそれ使うは」
「えっ」
認識が追いつく前だった。
あっという間に起きた出来事。
マンガの中の恋に落ちた乙女ってもっと可愛くあたふたしてたけど、所詮はマンガね。
愛おしさが増すってこういうことかしら?
膝の上で屍みたいに眠りこけてる先輩の頭を撫でる。
ひたすら撫で続ける。
こういう何気ない一日を、たまにイベントが起こるくらいでちょうどいい日常の積み重ねを、毎日過ごしたいと思い続けていた。
溢れ出たドリンクが、いつの間にかシミになっていたような。
クッソまずいなぁと文句を垂れ流し食い続けてた物が、いつの間にか好物になっていたような。
それくらいの感覚でこの先輩は私の日常に浸透して、私の一部になってしまっていた。
「もしもし、お母様。大事な話があるのだけれど———」
なら、一部にしてしまえばいいと。思った。
私が先輩の人生という大きな本を彩る文字になってしまえばいいと。
告白事件があって数日たった、とある日の放課後。
お母様に相談した結果、自分の血筋の特徴とハーレム計画を聞きつけた私は、校舎裏に先輩を呼び出した。
「よぉ」
「先に来てたのね、さと先輩」
「改めて呼び出すとかどしたー? それに見慣れない格好してるけど」
「まあね。私の家について、調べはついているでしょ?」
「……ほんの少しくらい?」
「じゃあ、誰かに教えて貰ったか、教えて貰えるかしら?」
「メッセで飛んできた、レインの時もあったよ。あれって本当なのか?」
「ええ。あなたのオタともはヤクザの親分の娘で、そこそこ腕もある経営者だわ」
「これは私を拉致しようとした組員とヤリ合った時の服ね。言っとくけど処女よ? そういうヤりじゃないから」
「ニュアンスで大体わかるぞ。なんでそこで処女が出てくる」
「アバズレとか思われないためね。私、人はヤったけどキスはヤったことないから」
「ダジャレが殺し文句よ」
「こういう私で、その……軽蔑した?」
「普通の人ならしてただろうけど……俺の過去、調べはついてるか?」
「ええ」
「親に殺されかけて、何とかバイトにこぎつけて必死に命繋ぐうちにどっか壊れたみたいでな」
「まぁ、でもおかげで一般という枠組みに囚われた見方しなくなったのは幸運かもなー」
「ほんと、勝手が過ぎるわね。欲しい言葉なんてなんもくれないわ」
「だろー? 俺高校行けそうにないや。だから———」
「———だから、ますますあなたが欲しくなったの」
「……は?」
「私が今日この瞬間まで放課後も時間が出せなかったのは、どうやらこの一瞬から始まる未来のためだったらしいわ」
「私の家にはね、あるおまじないがあるの」
「おまじないか。血液飲めば恋が叶うとか?」
「ロマンティックだけど、そういう眩しいものではないわね」
「ハーレム計画ってお母様がお父様に実行したもの。わざと他の女性と付き合わせて経験値積ませて、最後は綺麗な私がいただくの」
「……は?」
「脳みそ疑うでしょ? NTR趣向の計画っぽく見えるけど、これは人生単位のモラハラよ」
「どういう……意味だ?」
「過去を振り返っても人生のあらゆる節目には私しか残らなくなる。私があなたの人生の一部になって、私から決して逃げられなくするのよ」
「大好きよ、さと先輩。私の日常の一部になったあなたのすべてになりたいの。だから、私のために他の女性を付き合って経験積んできて?」
「っ!?」
「んっ……」
宇別智の、未来の旦那の胸倉を手繰り寄せて、強引にキスする。
私の恋は始まったばかりだけど、その時ですらテンプレ破りの続きね。
王子様なんてクソくらえだ。
私の方が強いし、そんなものよりくだらない日常の中、一緒にクソって悪態つけられればそれでいい。
キスもそうだ。
ファーストキス味はレモンのような酸っぱいものでも、涙の味でもない。
普通の肌の感触と、さと先輩特有の匂いが鼻腔をくすぐるだけ。
「……ぷはっ」
「……っはぁ、で、返事は?」
「サイコ女、頭イかれてるのか?」
「今更でしょ? あなたのためだけに口調まで変えたのよ。忘れてた?」
「そうだったのか? ナチュラルすぎて忘れてた」
「あなたね……!」
「いいよ」
「……へ?」
「お前のために女性経験積んでやるって言ってんだよ。プロデュースしてくれるんだろ?」
「ええ、でも条件がいくつかあるわ」
「何だ? 急に悪寒がするけど」
「ひとつ、未来の嫁席は私が予約しとくわね。結婚報告なんかしたら即殺すわ」
「一個目から激重じゃん」
「ふたつ、キスはいいけどその先は禁物よ。私が最初で最後になるしかないんだからセックスは諦めなさい」
「もうじき男子高校生だぞ! なめんな!」
「女子になりたい? 私は百合でも大いにありだけど?」
「我慢しましゅ……」
「みっつ、過度な無理は厳禁。高校の学費はこちらから出すから指定の高校に入学してもらうわ。私がみっちり教えてあげるからきっといけるわね♪」
「中学一年にマンツーマン指導受ける三年とは……」
「他にも色々あるけど今はこれくらいかしら? バイトはやめたくなったらいつでも言ってちょうだい」
「ヒモになるのはもうちょい後で……つか、情報多すぎ」
「ええ、ゆっくり歩んでいきましょう。末永く、よろしくねさと君♪」
・・・
「クレイジーガールってそういうことかー」
「思考回路とっくに潰れていますのでうちのお嬢様は……」
「否定しないし、おかげでちゃんと手に入れたでしょ? 犠牲は付き物って先人の言う通りね」
頭凝り固まった老害どもの妄言としか最初はとらえてなかった。
大きなものを手にするため犠牲は付き物?
効率優先でどうにかならない?
とか思ったけど、結局はお母様の言う通りの有り様。
「そういえば何故急に婚約届まで出したの? もう少し仕込むつもりだったんじゃなかった?」
「さと君が死にかけたからね」
「やむを得ませんでした」
計画なんかそうなったらいいなーくらいの願望ってことをこれを通してよく理解できた。
ワカラされたって言ってもいい。
たとえば目の前のレナ先輩で初体験済ませたって報告された時。
元々まともな計画ではなかったので、私の情緒もおかしくなりつつある節があった。
嫉妬しなくなったかなって思ったけど、ほとんど私で済ませてたから優越に浸っていただけ。
頭の中が真っ白になり、寝取られたって文字しか浮かばなくて。
正気が戻る頃には拳銃をさと君に向け、脅迫していた。
何とか理性の手綱を握ってトラウマは植えつけずに済んだものの、その後もだいぶいかれていた。
即さと君に別の女をくっつき、浮気させてキスまで済ませる。
これで目障りな女はいなくなったと思いきや、突然浮気に走ったさと君をいぶかしんではどうやったのか、私だけでなくお母様お父様にまでたどり着いた。
もう一つは私たちの中で炎上真っ只中の本名すら知らないメンヘラ。
刺されて血まみれになっているさと君を見て自分でも驚くほど低い声と、行動力発揮してた。
さと君の血液型はちょっと特殊で血液パックが足りず、同じ血液型の人のでしか受血できないらしい。
幸い私は同じ血液型だった。
このタイミングで運命を感じ取り、内心叫び倒してたのは秘密である。
こういう目には死んでも合わせないよう裏であれほど画策してたけど泡沫のよう一瞬で儚く散り落ちる。
二度とそんな目には遭わせない。
「二度とそんな目には遭わせない、だから婚姻届を出した」
「確かにキミのご両親から言われてたと際、命の……なんだっけ?」
「保証ですか?」
「キミたちが背後についてるし保証とは違うと思うなー」
「命にかかわるリスクは含まれてない?」
「それだ!」
ビシッ!と、正解当てた際だけ大げさに振る舞うキャラを彷彿させる身動きを披露する。
とにかくだ。
「三日後、どこに呼び出すつもりかしら?」
「妄想に囚われているので廃工場とかはいかがでしょう? サクッと殺れます(やれます)」
「名案だわ! とか言いたいのだけれど……」
「怪しまれるよ? 廃工場知ってる時点でアウト」
そうですか。と口にしてしゅんとなる美晴は犬当然ね。
尻尾と耳があったら垂れていたかもしれない。
「刀刺すくらいだし喧嘩も強いよね絶対……」
「それは分からないものだわ」
「え? さとし君って結愛ちゃんや組員に鍛えられているんじゃないの?」
「組員に鍛えさせていたわ。そこら辺のハングレやヤクザにも勝てるけど、それは肉弾戦の話ね」
「鍛えていれば刀持ってる人に絶対勝てるわけでもないんだ」
「当り前です。あの女が持っていたのは包丁でしたけどリーチの差は明白。おまけに殴られても人は死にませんが包丁は刺されたら即アウトです」
「しかも監視カメラに映っていた動画を見る限り、普段から包丁で脅迫してたらしいの。さと君は平然としてたのよ」
「モラハラ、かな」
「ええ。じゃなきゃ包丁片手に不法侵入してる女に黙ってるわけがない」
「どうすればいいんでしょう……」
「結愛ちゃんさ」
「何かしら」
「さとし君をあの女に死んでも合わせたくないんだよね?」
「当り前よ。あなたは会わせたいというのかしら、だったら……」
「わたしも死んでもごめんだよ。さっきのさと君の反応でわかった」
「でも、一応待ってると言った手前……」
「相手はガチの犯罪者だよ? しかも殺人未遂の。律儀になる必要なんてない」
「……それに、方法ならあるよ」
「何かしら」
「なんでしょう?」
三人で輪になっていくつか情報を交わし合う。
なるほど。
言われてみれば悪い手ではない。
「ただ、直接手はかけられなくなるのが残念ポイントね」
「まるで何回か手をかけたみたいな言い方だけど……」
「……」
「……」
「なんか言って!? 怖いからね? わたし粛清されるんじゃないよね?」
「罪状はナニニシマショー」
「お嬢様。まだ組として使っていた頃のビルが何件か……」
「ネタだよね? ガチ感パなすぎるよ!? さとしくーん結愛ちゃんがイジメるー!」
「ちょっ!?」
「抜け駆け禁止ですよー!」
怖がるふりして飛び出てさと君が寝ている部屋へ向かうレナ先輩。
別に止める必要も感じ取れなかったのは同じなのか、美晴は声かけるだけで済ませた。
「では、今度こそ奥様に連絡入れておきます」
「ええ。お願い」
スマホ片手にお母様に連絡するため外に出ていく美晴を見送り、レナ先輩だけに独占させるわけにはいかないので私も寝室に戻るのだった。
・・・
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