第26話 結愛side『当たり前な恋の始まり』1

中学一年に上がりたての頃。

登校するため坂道を昇る朝方。

親の職業柄、昔から鍛えられて他の組から狙われることも多々あったけど自力で撃退。

父親が警察のお偉いさんでも当時はまだ企業に成り立ての頃だったのもあり、サポートがそこまで及ばなかったのを覚えている。

これが私にとっての当たり前、繰り返される日常だった。

学校に行って、習い事をして、経営について学ぶ。

皮肉なことに経営にも向いていたらしく、既にいくつか成果をあげ会社を持つようになっていた。

まあ、表はお母様が管理しいる風をよそっていた。

中学のガキが会社の顔だったら舐められる。

わからない話ではない。

人からすれば体験してみたい日常に映っていたかもしれない。

刺激に溢れ、人間として経験値が積める。

しかし、私は当時密かに願っていた。

みんなが口にする当たり前を一日でもいいから体験してみたいと。

「はあ……」

早朝の登校というのも相まって自然とため息が出る。

「なにため息ついてんの?」

知らない生徒に声かけられた。

「別に」

が、私は早朝がもたらす鬱憤に耐え切れず、冷たい態度を取ってしまう。

校内でヤクザの娘だのなんだの事実を元にした噂は回っていない。

表も裏もホワイトを目指している企業だからかもだけど、お父様が警察の偉い人だったからそっちが目立って逆に誰も話しかけてくれなかった。

いや、言い訳ね。

ただ静かに過ごしたかったかもしれない。

普通を願いつつ態度はちぐはぐになる。

「態度冷た!? 悪役令嬢かよ?」

「それ禁止ワードよ! そんな『冷たくあしらうけど私の王子様には気づいてほしい感』なんて出してないわ!」

「悪役令嬢ネタ通じるんかよ。てかめっちゃ新鮮な見方だな『悪役令嬢メンヘラ説』は」

「同じ女の目線からしたらそれ以外の何物ないわね。むしろ女の憧れみたいに描写されてんの腹立つだけね」

「それは思った。傲慢で高圧的だが王子様しか眼中にないとか、眼中じゃなくて心中して欲しい」

「ええ。話がわかる人で何よりだわ! 友達とこういう話しても同意してもらえなかったから新鮮ね」

「そーだな。ところでキミ、何年生? うちの学校だろ?」

「ええ、同じ中学の一年生よ」

「良ければ俺たち、部活立てない?」

「下心丸見えは断罪案件ね」

「待て待て!? 拳振り上げんな! わかったから!」

「話がわかってもらえて何よりだわ」

「や、もっと仲良くなりたくて誘ったんだけどな。つーかそのお嬢様口調何とかならない? めっちゃそわそわする」

「何故かしら」

「悪役令嬢っぽくて」

「~~~! あなたね?!」

「うっわ令嬢様ご立腹だw逃げろー!」

「そう言ってるわりには何故逃げないのかしら?」

「さっき言ったろ? 仲良くなりたいって」

「へぇ……」

「俺は宇別智。キミは?」

「九重結愛よ」

「じゃあ、九重ちゃん」

「苗字はいいから名前で呼びなさいな」

「お嬢様に認められて感服……なんだっけ?」

「庶民が背伸びしても所詮は庶民ね」

「今の堂に入った悪役令嬢っぷりだったな。あと一歩で転生ワンチャンある」

「わかってないわね。ここで髪をなびかせながら華麗に去るのが悪役令嬢の鏡よ」

「登場の際は『おーほほほっ』って片手で唇あたり隠して笑うんだっけ?」

「そういうやつってアニメでは三話以内でご退場になるパターンしかないけど、何故かしらね」

「三話以降のキャラ設定が保てないから?」

「……大人の事情って哀愁あるものね」

「言うほど大人の事情絡んでなくね??」

数少ない趣味のひとつである、ライトノベルの話題をぶっこんできてくれたおかげで、いつもつまんないと思える登校のワンシーンに色がついていく。

その日を境に数日、私達は登校する際に色んな話を交わした。

大半がラノベ、アニメなどのたわいない趣味の延長線の話。

「そういえば、さと先輩って何組かしら」

「3年C組だね」

「お昼ごはん、一緒にどうかしら?」

「いいぞー」

「誘っといてなんだけど、受験勉強の邪魔になってないのかしら? なんならぱっくれても構わないけれど」

「いーぞ。別に昼飯の一時間でどうにかなったりしねえよ」

「覚悟しなさい? とっておきを用意してきたの」

「昼飯でも作って来たのか?」

「いいえ。最近ドはまりのマンガ話よ」

「いいけど。でもなー俺、三大美女ネタは無理だわー」

「何故? いいじゃない。空想の産物だし」

「あのな。ある日、突然ピンチから救われて恋に落ちてそのまま他の女の子と話しているとこ見て即『あのメギツネ、私の王子様の何がわかるって言うのかしら!』ってヘラるんだぞ?」

「そう言われてみればキモイわね。そもそも救われたら恋に落ちる物かしら?」

「試しに飛び降りるふりしてみろ、俺が救うふりする」

「どっちもふりだから振り出しに戻るだけじゃない」

「ダジャレ上手いねー置いていきたくなった」

「私を捨てていくのね……! いいわ、地の果てまで逃げてごらんなさいー?」

バカみたいなノリしてケラケラ笑い合いながら登校。

昼休みにもそういう穏やかな時間は続いていく。

放課後は先輩は受験生、私は習い事か経営の勉強で忙しくて一緒に過ごせない。

ただそういうたわいない日常を積み重ねていく。

「こういう口調どーお?」

「いいんじゃね? お嬢様口調はなんか飄々としているし、こっちはTHE後輩って感じ」

「じゃあ、こういう口調でよろしくねーさと先輩―!」

間延びするだけで、愛嬌の欠片も見つけられない気だるそうな口調にもリアクションを返してくれる。

そういう私達だけの当たり前な毎日が続いていたとある日。

「さとせんー」

―ぱい。と、続けられなかった。

あの頃からさと君の気配をキャッチするのに分があった私は、校舎裏かなーと暢気な感じで弁当箱を持って先輩の元へ向かう。

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