第25話 狂愛をはらむ計画

「どう?」

戻って来た美晴にさと君の様子を伺う。

「運ぶ際、刺された箇所をずっと抑えておりました。身体は突然発熱、凄く震えておりました」

「後で薬を飲ませておきなさい。お母様には後で連絡入れるわ」

「かしこまりました」

「さてと」

「あの……結愛ちゃん?」

「なに?」

「凄く怖いのだけど……これ、どかしてもらえるかな?」

「いいけど、その前に質問ね」

嘘ついたらこのまま引くわ。と、付け加えておく。

「何故、さと君を囮に使う発言をしたかしら?」

「それしかなかったから、だよ」

「発言、気を付けた方がいいと思うけれど?」

「こびへつらえる性格じゃないって気づいてるくせに」

「当り前よ。もう一回聞くわ」

引き金に指を添えて、もう一度同じ質問を口にする。

「さと君をダシに使ってるような真似、許されると思う?」

「あれ以外あの妄想癖メンヘラ女に届く言葉あるの? じゃあ」

「……ないからこうしてんじゃないのっ!」

引き金に伸びかけた銃を、そのままソファに放り投げる。

「あんな真似したら、さと君にまた無茶を強いる形になってしまうっ……! それに、今の見たわね? 同じ口が叩ける?」

「それは……」

「しっかりトラウマになってるのよ、本人気づいてないだけで相当ダメージでかい方ね!」

「っ!」

「お嬢様!!」

目の前の女、レナ先輩の顔面を殴りかかろうとして寸でのところで押しとどめる。

味方と敵は見分ける。

最後の理性のネジさえ、正直ギリギリだった気がする。

何もされてない、声しか鼓膜をとおしただけ。

たったそれだけで肌は真っ白くなり、耳ではなくお腹を抱えてぷるぷるし出す先輩を見せられて、理性が解け始めた。

私、こういう人間じゃないと思ってたのになぁ。

受け入れられた気になっていても、現実は真逆を走るってよくある話である。

人間は感情に支配されやすい。

理性ぶってても所詮は感情の奴隷だ。

一般的な感情すらまともな制御が効かない、効いてくれない。

だから、この女とヤった時もやっと理性を手繰り寄せて脅迫まで押しとどめたのである。

トラウマになって、目の前で倒れるのが耐えられなかったから。

無意識のうちに気づいていたんだと思う。

自分の耐えられない瀬戸際がどこなのかを。

脅迫なんてやりたくなかったのに、やってしまった。

私の二つある後悔のうちひとつである。

もう一つは言うまでもない。

先ほど電話したクソアマと付き合わせたことだ。

「びっくりしました。そのまま殴り殺すかと」

「……さと君に嫌われたくないもの」

「結愛ちゃん、その」

急にしどろもどろになってるレナ先輩が目の前にいる。

完全に怯え切っている。

……と見せかけているが、単に言葉が見つからないだけだろう。

じゃなかったら、元ヤクザ組長であるお母様に会いには赴かない。

「……感情的になりすぎてたわ。ごめんなさい」

「ううん、すんでのところで止まるのは相当メンタル強いと思うよ?」

「正直わたしも自信ありません。自分に置き換えて考えてみても……」

「八つ当たりはよくないわ、本当ごめんなさい。なんでも一つだけ言うこと聞くから水に流してもらえないかしら」

頭を下げて、丁寧にお辞儀する。

傍からみたら殴りかかった相手への心からの謝罪っぽく見えるだろう。

実情はまったく違う。この女、レナ先輩の胸の奥にくすぶっているであろう何かをあぶり出すためだ。

じゃないと、腹を割って話し合えないと思う。

この激重感情の持ち主同士、水と油だからこその行為。

私の言葉の意図が察したらしいレナ先輩は想定外の要求を口にした。

「わたしもさとし君のハーレムに入れてください。愛人枠でも構いません。なんならセフレでもいいのでそばにいさせてください」

想定していたものと違う言の葉の並び。

普通の感性の持ち主だったら、耳を疑うお願いだ。

かくいう情緒ぶっ壊れているらしき私もかなり驚きではある。

「驚きね」

「そうかな?」

「てっきり正妻狙うと思ったわ」

「正妻はそもそも狙えないかな」

「彼を支えて温もりを分かち合いたい、生涯共に過ごしたいとは思うけどね? わたしは彼の人生そのものにはなれなかったから」

「頭が良すぎるって考えものね。ハーレム計画の本質に気づいているだなんて」

「二股で無理矢理引き裂くのはあからさま過ぎたよ。バレバレ」

「粘着質女が、図に乗りすぎ」

土下座の姿勢のまま頭だけあげている状態の彼女を立たせ、握手を交わす。

これで意図は伝わったでしょう。

ハーレム計画の元を考案したのはお母様だ。

頭のネジが飛んでるようにしか見えないこの計画の大本は“人生単位でその人と深く繋がる”。

経験を積ませるのはその副産物、要は“後になって振り返ってみれば自分の人生には○○しかなかった”である。

どのような時間軸にも自分の足跡を残す、最愛の人へ送る狂(きょう)愛(あい)。

常人には決して理解できない領域に彼女は達し、理解した。

私が美晴に彼女枠をあげたのも同じ理由。

そこまで気づいているなら話は早い。

「さとし君には話してるの?」

「告白の返事はつい昨日もらったわ」

「話になってないよ? 日本語わかる?」

「智様への告白の際、説明は済ませております」

「当時のさとし君の反応、聞いてもいい?」

「確か……」

「『告白がサイコ過ぎ、今時のネット小説にもない設定ぶっこむな。でも面白そーだからやってみようぜ!』みたいなものでした」

「なんであなたが覚えてるの……!」

「お嬢様、あの日はとても熱に浮かされた初々しさ全開で話しておりましたよ?」

「結愛ちゃんにそんな時期あったの? かわいー! この際だから話しちゃいなよー。さとし君との馴れ初め」

「言っておくけど、ほんと大したことないから!?」

「あ、口調戻った」

「???」

「お嬢様、気づいておりませんでしたか? 智様とお話をする時以外、以前のお嬢様っぽい口調のままですよ?」

「あら、これは直らなかったのね。まぁ、仕方ないわ」

大事にしまっていたさと君との思い出を披露、か。

「私が可愛いなとか話しやすいと思われたいのはさと君だけだもの」

そういえば、恋バナってやったことなかったものね。

「じゃあ、話すわ」

「わくわく」

「ドキドキ」

「美晴は大体知ってるでしょ? 口に擬音出さない!」

思い出の放流に身を任せて私と最愛の人との物語を綴り始めた。

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