第24話 メンヘラ狂騒曲

『もしもし、依頼者の姫里(ひめさと)です』

『もしもし? 聞こえてますか? 不安になりますので返答お願いできますか?』

室内に澄み渡る、誰が聞いても『美声』と認識してやまないソフラノボイスがスマホのスピーカー越しでリビングを占めた。

VTUBERって伊達じゃないなぁ。と伺えるところだろう。

俺は耳にタコができるほど聞き馴染む声なのであんまり響かないが、目の前の女性陣はビックリ箱開けられた子供さながらの顔だ。

「……もしもし」

なるべく感情を抑え込み、落ち着こうと三回唱えてから声を出す。

「あ、よかった。聞こえてます! この度、依頼させていただきたく連絡させていただいた……」

「御託はいいから言いたいこと話せ。その前にだ」

「……はい?」

「俺はお前の本名を知らない。本名を出せ」

「……理恵、椎名理恵よ。プロポーズの返事、考えてくれた?」

「とぼけんな」と、レナ先輩が小さくぼやく。

美晴さんは悔しそうに歯を食いしばっているが、結愛はなぜか微動だにせず落ち着いている。

「もう終わった関係だ。今更復縁迫る理由が何一つ見当たらないな」

「何言ってるの? 私達、まだ付き合っているでしょ?」

『は?』

『あの時、私色々考えたって言ったよね? どうしてそんな素直じゃないこと言うかなってね? 考えて考えて考えて考えて、辿り着いたの』

『あたしが今の地位を捨てて別のVTUBERになる。いわゆる転生をすればあんたとの時間という文句は消える、よってデートもエッチも子育てもできるって』

『色んな女の子と付き合ってたっぽいし、あの日のすれ違い浮気相手にほだされたのね? それくらい目をつむってあげる。寛大な心持ちの彼女に感謝しなさい』

『だから新しいイラスト書いて欲しいの。報酬はわ・た・し♡なんて。言っちゃったーキャーキャー』

電話の向こうで勝手にヒートアップしてる元カノ。いや、メンヘラ神に唖然とする。

周りを見回しても結愛を除いたみんなは同じ顔をしていた。

この人何言ってんだろうという戸惑い。

どうしたらそんな返答が出るんだろうという己の認識の拒否。

ようはGなど生物的に無理なものを目の当たりにした時の反応に近い。

そういえば昔、メンヘラは日本社会のGみたいな例え方してたクラスメイトがいた気がする。

当時は何言ってんだこいつ?って反感しか湧いてなかったけど今なら完璧に共感してやれる。

「マジか……」

頭抱えて一人ごちるレナ先輩。

当然そういう反応にもなるか。

レナ先輩の推察が、予測が完全に当たってしまったからだ。

何倍もアップグレードした形で。

『実はね? こっそり婚姻届出してお見舞いに行こうと思ったんだけど』

頭が真っ白になるってこういうことなのか?

同じ日本人。いや、ひいては同じ人類のはずだ。

なのに話がまるで通じてない。

『……自分が刺したって自覚はあるのか?』

手のひらで口元を覆いわざと低いトーンで結愛が質問を口にする。

『ううん、罰だから。刺したんじゃなくてば・つ』

『冗談でもやめなさいよね? 私も傷つくのよ?』

『でか今の声何!? どこの女よ、私という者がありながら浮気したの? 信じられないんだけど! キィ―!!』

『まぁ、それぐらいでヘラる私ではもうないわ! 話を続きだけれどあの時緊急連絡使ったよね? 近くの病室に運ばれてたはずでしらみつぶしに探したけど見つからなかったの』

そりゃそうだ。

後から聞いた話、念のため病室丸ごと貸切っていたらしい。

だから辿り着けなかったし、トドメも刺されなかったとも言えるだろう。

『ちなみに聞くが、もし見つかったらどうするつもりだった?』

『そんなの決まってるじゃない』

『罰は与えたからご褒美を与えるのよ。婚姻届けにお互いの血でハン子押し合って~一生誓い合うの! ロマンあるでしょー?』

ジェットコースターどころか未開発の飛行物体ごとく機嫌の上下っぷりがひどい。

こんな地雷抱えて一生過ごされたかもって思うとゾッとする。

「私がいるからねーだいじょーぶ」

「智様、あと少しの辛抱でございます」

「さとしくん頑張って」

何故かみんな励まされてるけどどうしたんだろう。

いつの間にみんなの手か身体に伸びているし。

なんだろう? という懸念を後に追いやって元カノ、理恵と名乗る女との電話に集中する。

『三股って度胸据わってるわね……! 結婚前提の彼女ほったらかして他の女に走るとかお仕置きが必要ね!』

「関係なんかとうに……終わったつってるだろうが頭オンパレード女が。股から脳みそ垂らす音立たせんな」

『他の女の前で下ネタ!? いよいよお仕置きが必要よね!』

何言ってもお仕置きしか返答しない、か。

「お仕置きbotかっての」

『それ、言葉だけじゃないわね?』

『誰よあんた? あたしの夫にちょっかいださないで。これは身内の問題なの』

『婚姻届先に出したの誰か、知りたいでしょ?』

『っ!』

『妄想に囚われてるだけだと思ったけど、それぐらいの分別はまだあるのね』

『むかつくむかつくむかつく、むっきー!! あたしの夫から離れなさい、この泥棒ネコ!!』

『昼ドラみたいなセリフは心外よ。三日後まで指定した場所にいらっしゃいな。 あなたは私が相手してあげるわ』

『は、見え見えの手に騙されるとでも? 中二乙ね』

『メンヘラフル装備の地雷女がよく言うな』

『アッタマキタ。それ言っちゃいけないNGワードって知ってるのに言った? ワカラセられたいの? そんなに煽っていいの、毎晩ベットでいい声で泣いてたのに?』

「こんの……」

「……」

結愛と美晴さんの目が死んだ。

室内の温度が幾分か下がった気がする。

だからなのだろうか?

さっきから目の前が揺らいでる、気がする。

『キミって言葉選びもできないし妄想しか話せてないね?』

『今度は別の女ァ? は、ハーレムごっこなんていい御身分じゃない。こーんなにあんたを想っている女と電話してるのにさ』

『話、ループしてるって気づいて、ないかな。ないかー』

『なに悟った喋り方してんの? あたしから智を奪えない腹いせ?』

『ううん、本当許せないなと思っただけだよ。三日後まで指定した場所に来たらキミの妄想の中じゃない本物のさとし君が見れるよ』

『後、このアカウントにいくら連絡飛ばしても無駄だから』

プチっとチーズコード特徴的の電話を切る音がする。

「何勝手に切るのレナ先輩。俺まだ何も……」

「さとし君、お疲れ様。よく耐えて偉いね、頑張ったね」

「お疲れ様。こういうメンタル的な部分は力になってあげられなくてごめんなさい、作戦は私たちが立てるからとりあえず休んでー」

「本当によく耐えられました。無理させてごめんなさい……では、失礼します」

「みんな何言って……?」

わけのわからないセリフを一斉に浴びさせられたからか?

それとも、さっきのクソ女との通話がきっかけだったんだろうか?

小さな反抗心みたいなものに触発されるみたいに起き上がってみんなに尋ねようとしても、声が続かない。

それどころか俺はなぜ結愛に膝枕されているんだ?

腹部に強烈な痛みが走る。

まるで、また包丁でえぐられてるみたいにだ。

俺を運ぶためだろう。こちらに伸てくる美晴さんの両腕が視認できた。

そういえば腹に風穴空かされたあの日から、お姫様抱っこされ続けている気がした。

「さとし君……」

そうだ、レナ先輩がいた。

結愛に怒られるかもだけど、初体験した相手の前でお姫様抱っこされるわけにはいかない。

あの時と違って、今は結愛と美晴さんの方に軍配が上がるけど、これはこれだ。

「さと君、腕震えてるってわかるー? ぷるぷる小鹿かー」

「ちょっと結愛ちゃん」

「黙れ」

「……っ」

「……ぇ?」

本当だ。

結愛に言われて初めて気づいた。

さっきまでお嬢様口調だった結愛はいつもの気だるそうな、けど俺にとってはとても安心する口調になっていた。

「智様、せんえつながら……」

「黙れつったろ」

「……っ!?」

なんか、ピリピリしてる……?

「くずやろー無理禁止って言ったよー? とりあえず休も? ひと眠りすれば回復するよー」

「ぁに、言ってんだぁ……」

「いいからいいからー! さと君運んで? 美晴」

「かしこまり、ました……」

怯えをはらむ声が聞こえたかと思いきや、また美晴さんにお姫様抱っこされて、寝室のキングサイズベットに運ばされる。

三人でよく寝起きする場所。

優しく寝かせてくれる美晴さん。

「あ……」

声、なんで出ないんだ?

美晴さんにお礼言いたいけどな。

全身すっげー震えてるのか。

そういえば、結愛が一回休めって言ってたっけ。

あいつって俺より俺の体調に詳しいからな……。

そういうやつに言われたんだ。大人しく従うか……。

「ゆっくりとお休みなさいませ、智様」

心配げな声の響きしてんな……。

寝起きれば、教えてくれる、かな。

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